誰がモーセ五書を書いたか(4) Malcolm, "Hobbes, Ezra, and the Bible"

 

 

  • Noel Malcolm, "Hobbes, Ezra, and the Bible: The History of a Subversive Idea," in Malcolm, Aspects of Hobbes (Oxford: Oxford University Press, 2002), 383–431.

 続いてMalcolmは、イブン・エズラの解釈を解説する。イブン・エズラは『申命記』第1章1節の注解に次のように書いている。

ヨルダン川の向こう側の荒野、平原で」。もしあなたが12の奥義を理解するならば、また『そしてモーセは律法を書いた』、『当時その地にはカナン人がいた』、『神の山において啓示されるであろう』、『見るがいい、彼の寝台は堅固な寝台である』といった箇所を理解するならば、その時あなたは真実を知るであろう。(スピノザ『神学・政治論』第8巻での引用を吉田訳上巻359–360ページから引用。一部引用者による補い)

 このかなり謎めいた注釈で引かれている聖書の箇所はみな、モーセ以外の人物が書いたと思われる箇所である。荒野をヨルダン川の向こう側とするからには、この書き手は約束の地にいたことになり、約束の地とはモーセが到達しなかった場所である。また「モーセが書いた」という三人称はモーセが書いたにしては不自然である。「当時その地にはカナン人がいた」というからには、これが書かれた時にはもはやカナン人がいなかったということであり、それはモーセの死後に約束の地をイスラエルの民が占領した後のことだということを意味する。モリヤ山を神の山と呼ぶのは神殿が建てられた後のことであり、モーセの死後である。オグの身長の大きさを、彼の寝台の大きさから証明するのは、オグの同時代人であるモーセがするとは思えない。

 またMalcolmはここでイブン・エズラがいう「12の奥義」とは、申命記の第34章のことだという。この章は12の節から成り立っている。ここではモーセの死が述べられている。イブン・エズラはこの箇所はモーセではなくヨシュアによって書かれたと考えていた。この章の最後の8節がヨシュアによって書かれたという説は、すでにバビロニア・タルムードに見られる。これがこの時期にいたるまでにユダヤ教の内部でモーセが書いていないかもしれないモーセ五書の箇所として唯一認められていたものであった。イブン・エズラはこの箇所に言及することで、同じようにモーセの書いたものとは認められない箇所がモーセ五書には見られるということを示唆している。ただし、イブン・エズラは、モーセ五書全体の著者がモーセではないと主張してはいない(この点でスピノザはイブン・エズラを誤解している)し、モーセ五書の著者がエズラであるともしていない。