「女性のストレス夫の手を握ることで解消」について(たぶんこれで最後)

 山口智美氏による、「女性のストレス夫の手を握ることで解消」研究と心理学の問題に対するid:leoさんの応答がアップされました。

別腹 betsubara

 私の考えでは、leoさんの応答の核心は以下の2点です。

  1. 知覚、脳神経などを扱う実験では、少人数で取ったデータを一般化する傾向があり、その傾向に問題はない。
  2. 人間が日ごろ感じるストレスと電気ショックによるストレスが異なるかどうかは自明ではない。また、かりに異なっていたとしても、コーン博士が実験を通じて明らかにしたことがくつがえるわけではない。

 1番目の点について私なりに読解すると、leoさんは次のように考えているように思われます。

 人間の脳のメカニズムは収入や居住地域といった要因と関係なく同一である。したがって、知覚や脳神経を扱う実験では、サンプル数を増やしたり、被験対象の条件を変えたりすることはさほど重要ではない(実際、サンプルを増やしたり条件を変えたりしても結果は変わらないという報告がある)。

 むしろ重要なことは、実験結果に差が出た場合、その差が脳のメカニズムに○○という要因が影響を与えた結果だと証明しうるように実験をデザインすることである。そしてこの点から判断すると、今回のコーン博士の実験は妥当な実験デザインであるといえる。

 2番目の点について。この点についてleoさんがどのように応答されるかに注目していたのですが、ある意味なるほどで、ある意味(個人的には)不満が残る回答でした。

 leoさんの考えでは、この実験で重要なのは、社会的な関係性がストレス下にある人の脳神経に影響を与えることが示されたことである。その際、そのストレスの具体的な中身は問題ではない。

 この点を私なりに表現すると次のようになります。重要なのは社会的関係と脳神経活性化のつながりであり、電気ショックによるストレスというのはそのつながりを検証するための手段にすぎない。したがって、たとえストレスというものに様々な種類があり、かつ電気ショックによるストレスがその中でかなり特殊なものであったとしても、社会的関係と脳神経活性化のつながりを検証する上では関係がない。

 この応答は説得的ですし、心理学(脳科学)の実験のあり方について教えられるところも大です。

 でも実のところ私が一番関心があったのは(というかうすうす思っていたのは)、心理学では脳へのストレスを考える際に、電気ショックによるストレスと日ごろ感じるストレスとのあいだに特に違いがあるとは考えないのではないか、ということでした。

 leoさんも人間が日ごろ感じるストレスと電気ショックによるストレスが異なるのは本当に明らかなのか、という問いを立てられているあたり、上のように考えているのではないかなぁ、と勝手に推測しているのですが…。この点はもう少しつっこんで述べてほしかったです。

 で、このように議論の流れを整理してみると、一連のやり取りで問題となっているのは脳のメカニズムに対する姿勢にあるのだなと思えてきます。

 1番目の論点でleoさんが主張されていることは、(乱暴に言ってしまえば)人間の脳のメカニズムは誰でも同じなのだから、サンプル数の少なさやサンプルにある社会的背景の偏りは問題とならないということでした。

 2番目の論点についても、脳の働きに限るなら、電気ショックによるストレスも日ごろのストレスも同じではないかという考えが背景にあるように私には思えます(もちろん、これは私の思い込みなのかもしれません)。

 とすると、問題は最初に山口氏が述べたことに戻ってきます。つまり、人類学は多様性、心理学はユニヴァーサル(普遍性)をという対立(というか相違)です。

 山口氏からすれば、まず多様性こそが問題とされなければなりません。だからその多様性をもたらしている様々な要因の考察からはじめなくてはならない。脳の問題に移る際には、多様性をもたらしている要因との関係を慎重に考慮しなくてはならない。それを行わないと本来(例えば)社会的要因によってひき起こされている現象が脳のメカニズムの問題と取り違えられてしまう可能性がある。

 一方leoさんからすれば、脳のメカニズムに普遍性を求めることには問題はない。むしろ脳のメカニズムが社会的状況によって左右されるとは考えがたい。したがって重要なことは、検証の対象を脳のメカニズムの部分に限定するようするに実験をデザインすることである。そうすれば、サンプルが特定の社会的状況下の人間に限定されていることの問題性は少なくなる。

 このように山口氏とleoさんのやり取りからは、心理学(脳科学)というものの基本的な考え方が、人類学との対比によってよく見える形で浮かび上がってきます。私は心理学のことはまったく知らないので、leoさんが行っているような論理の積み上げ方はとても新鮮なものに思えました。やはり異なる分野間の議論というものは面白いですね(などというつまらない結論で終わらせてすみません…)。

 なお、この実験に対する評価に関しては、leoさんの議論に分があると私は思います。みなさんはどうでしょうか?