ケプラーとユリウス・カエサル・スカリゲル

 ケプラー『宇宙誌の神秘 Mysterium cosmographicum』の第2版(フランクフルト、1621年)に次のような記述があります。

 魂(anima)という言葉を力(vis)という言葉に置き換えるならば、ある原理を得ることができる。そして、その原理こそ、そこから『火星についての注解による天界の自然学〔=新天文学〕』が確立され、『〔コペルニクス天文学概要』第4巻が深められたところの原理に他ならない。

 というのもかつて私は惑星を動かす原因は魂であると信じきっていた。ユリウス・カエサル・スカリゲルの「動かす諸知性motrices intelligentiae」についての教説にどっぷりつかっていたからである。

 しかし考えてみたところ、この動かす原因は太陽からの距離とともに弱まり、太陽の光もまた太陽からの距離とともに減じることがわかった。

 そこで私は次のように結論した。この力はなんらかの物体的なものである。すなわち物体から出てきた形象(species)であるが、質料化された(immateriata)形象である*1

 「ユリウス・カエサル・スカリゲルの『動かす諸知性』についての教説にどっぷりつかっていた」ですか。

 ユリウス・カエサル・スカリゲル。

 スカリゲルっていろんな人が言及していて初期近代では結構な有名人のはずです。でもそのわりには本格的な研究がないのでなんとも扱いにくいなぁ、という印象があります。

 ひょっとしたら私が知らないだけで大部の研究が出されているのかもしれません。でもまとまったものとしては20年以上前に一つ論集が出たきりになっているのでは?

 それはともかくです。ケプラーによれば、彼が惑星の運行の原因を太陽の魂に帰していたのは、スカリゲルが提唱していた「動かす諸知性」の教説にしたがってのことだそうです。

 上で引用した文章は実は結構有名で、たとえば「ここに魔術的な作用あるいは霊魂論的な影響が近代物理学的な遠隔力に昇華する局面に私たちは立ち会うことになる」などといった評価までなされています*2

 でもここでさりげなく挙げられているスカリゲルに注目した研究というのを私は知りません。

 いや、最終的にはケプラーが放棄した説なのでどうでもいいのかもしれません。でもよく考えてみるとスカリゲルが引かれているのは少しばかり興味深いです。

 なぜってスカリゲルは天動説を支持し、かつ天球の存在も信じていたはずだから。これはケプラーとは正反対です。しかし、いくらなんでもここまで正反対の意見からケプラーが影響を受けますかね。

 だからひょっとしてスカリゲルの学説には常識的なアリストテレス自然学から逸脱した何かがあり、それがケプラーの興味を引いたとか。こうは考えられないでしょうか。それこそプラトンに接近していたり。

 というわけで今日は少しスカリゲルの『Exotericarum exercitationum liber quintus』を見てみました*3。何か面白いことが書いてあるかな、と思って。

 うーん。でも結果的には成果はなしでした。残念です。

 天体を動かす知性、あるいは天使については、上記のスカリゲル本462頁以下に書かれています。

 でもそこに書かれていることは、アラビア経由で伝わってきた常識的なアリストテレス主義の枠組みを出るものではないように思えます。

 第一の知性(天使)が神を認識することで一番外側にある天球を動かします。同じように第二の知性が第一の知性を認識することで外側から二番目の天球を動かします…。あとはこの繰り返しでそれぞれの天球が動くそうです。

 これはかなり常識的な学説ではないでしょうか。あとは下位の知性が上位の知性を認識することは可能だろうかとか、知性は場所的にはどこにいるのかとかそういうことが書かれています。アヴェロエスやトマスやスコトゥスが引かれていてそれなりに面白そうではあるものの、期待していたような奇抜さは認められません。

 要するにケプラーがスカリゲルから受けた影響というのは、スカリゲル自身の特異な哲学に彼がひかれていたということではないのかもしれません。単にアリストテレス主義の常識的な理論をスカリゲルから学んでいたということにとどまるのかも。

 とはいえ、まだスカリゲルの問題箇所をきちんと調べられたわけではありませんし、ケプラーが他の箇所でどのようにスカリゲルに言及しているのかも確認はできていません。

 今はスカリゲルにつっこんで行く余裕はないんですけど、いずれはやりたいかも。そんな研究メモでした。

*1:ケプラー全集第8巻より抜粋。次をみてください(PDFです)。ttp://www.geocities.jp/mitakaryo4/Kepler_Scaliger.PDF

*2:山本義隆、『磁力と重力の発見』、みすず書房、2003年、695頁。

*3:この本はGallicaでダウンロードすることができます。