形成力の概念のルネサンス的な起源についてファースト・ハンドに文献に接していたゼンネルトは、ライプニッツとは異なって、スカリジェではなくアルベルトゥスとシェキウスの名前しか挙げていません。
いつの間にか、シェキウスの名前が飛んで、スカリジェに置き換わってしまったような感があります。う〜む、この辺にまだ歴史のアヤがありそうです。
というのが4月6日付けのid:Freitagさんの研究日記の記述です。
ではどこで置き換わったのか。ヒントになるかもしれないのは先日紹介したSimone de Angelisの論文です。注79で著者は次のようなゴクレニウスの文章を引用しています。
あなた〔=スカリゲル〕は、種子に帰される形成力(vis plastikh[ギリシア語])を自然のものではなく、魂のものであると述べている。
スカリゲルが形成力という言葉を使ったと言われています。となると以下のような仮説が立てられます。ライプニッツが形成力=スカリゲルという考えに至ったのは、ゴクレニウスの著作で同じような考えが述べられているのを読んだからである、と。
ただゴクレニウスのAdversariaをしっかりと読んでいないのではっきりしたことは言えません。とはいえ、ゴクレニウスを読み込んでいるSimone de Angelisもやはり形成力=スカリゲルという等式を受け入れているところからはなんだか怪しいにおいがします。