形成力の自然化 De Angelis, Anthropologien

Anthropologien: Genese Und Konfiguration Einer, Wissenschaft Vom Menschen in Der Fruhen Neuzeit (Historia Hermeneutica Series Studia)

Anthropologien: Genese Und Konfiguration Einer, Wissenschaft Vom Menschen in Der Fruhen Neuzeit (Historia Hermeneutica Series Studia)

 スカリゲルに関係する箇所(158–197)を読みました。かなり大胆な見通しを示した研究です。16世紀にポンポナッツィ周辺の論争から霊魂がイタリアで形而上学的関心の対象となったときには、アリストテレスに由来するいわば霊魂一元論的な枠組みが維持されていました。一元論というのは、知性認識のような高次の活動から栄養摂取霊魂によって司られる胎児の形成のような活動までをすべて「霊魂」という一つの術語でくくって議論の対象とするということです。スカリゲルはこのモデルを採用していた典型的な論者とされます。

 一方16世紀末から17世紀初頭にかけて活躍したルドルフ・ゴクレニウスは、人間の知性認識に関連する霊魂の領域と、形成力のような領域を分離させ、後者の領域を自然という術語でくくりだそうとしました。この試みはスカリゲルが霊魂に帰していた形成力を自然の作用として捉え直そうとするゴクレニウスの試みに典型的に現れていると言えます。この分離が17世紀から18世紀にかけて発展する「生命の科学」の基礎を築くことになりました。

 おおよそこのような主張がなされています。でも果たしてこれでいいのでしょうか?霊魂と自然の分離はそれほど決定的な分水嶺だったのでしょうか?形成力を自然という術語で捉えるというのはすでにこの概念を導入したガレノスが行っていることです。また「マリオネットのように秩序だった動きをするが、しかし自らは知性認識活動を行うことない自然」というモデルは、アフロディシアスのアレクサンドロスやシンプリキオスといった古代のアリストテレス註釈家によって提唱されています。アヴェロエスもまた彼の「霊魂的熱」の作用をこのアレクサンドロス・シンプリキオスモデルに基づいてとらえていました。これらの例は「霊魂ではないが秩序を生み出す作用者としての自然」という考え方が古代以来連綿と続いていたことを示しています。これらすべてがヒロさんの既出論文で入念に論じられています。

 こうなると形成力を霊魂から自然の領域に移行させたということに17世紀にはじまる革新の端緒を置くという見通しが本当に成り立つのかは疑問視せざるを得ません。