リチェティのカルダーノ批判

 今日は夕方に外出するまではリチェティによるカルダーノ批判を読んでいました。熱は魂ではなく、そのために生成のさいに質料を整備する道具的な役割を果すことはできても、そうやって整備された質料に魂を与えるということはできないという線での批判が行われています。