プラトンがデモクリトスの著作を焼き払おうとしたという伝承

 古代ギリシアの哲学者では、プラトンアリストテレス以外が書いたものは、ほとんど断片しか残っていないが、プラトンには、自分が一番の哲学者となるために、デモクリトスの膨大な著作を買い取って焼き払ったという疑惑がある。
 伝承では「買い取って焼こうと思ったが、無理なので諦めた」ことになっているが、わかったものではない。

 この「疑惑」はアリストクセノスという紀元前4世紀に活動した哲学者に由来するものです(ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』9巻40節)。彼はプラトンに敵意を抱いており、そのため彼がプラトンに関して述べていることを信頼するのは危険です。ましてその信頼性の低い伝承すら伝えていないことを想像し、それを主張の根拠の一つにしてしまうというのは健全な議論の進め方ではないように思えます。

 それはともかくアリストクセノスの信頼度については資料を一つ一つ紹介して論じなくてはならないのですけど、今はその準備と時間がないのでできません。いつか余裕があればやります、はい。

 なお伝えられている伝承は以下の通りです。

 ところでアリストクセノスが『歴史覚書』のなかに記しているところによると、プラトンは、集めることができたかぎりのデモクリトスの書物を燃やしてしまおうとしたが、ピュタゴラス派のアミュクラスとクレイニアスが、そんなことをしても何の益にもならない、それらの書物はすでに多くの人たちに出回っているのだからと言って、プラトンにそのことを思いとどまらせたとのことである。

 しかし、プラトンがそうしようとしたのは明らかである。なぜなら、プラトンは、昔の哲学者たちのほとんどすべての人に言及しているのに、デモクリトスには一度もはっきりと言及していないばかりか、デモクリトスに対して何らかの反論をする必要がある場合にさえも、言及していないからである。それというのも、明らかにプラトンは、哲学者たちのなかで最もすぐれた者になろうとすれば、デモクリトスが自分にとっての競争者になるだろうということをよく知っていたからなのである。(ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』9巻40節[加来彰俊訳、下巻、岩波文庫、1994年、128頁])

 これを「買い取って焼こうと思ったが、無理なので諦めた」と要約してしまうのはいいのかな。

参考資料

  • Fritz Wehrli, Die Schule des Aristoteles, Heft 2, Aristoxenos (Basel: Schwabe, 1945).
    • アリストクセノスの著作の断片を集めたもの。ここで問題となっている断片は131番。
  • Jean Bollack, "Un silence de Platon. Diogène Laërce 9, 40 = Aristoxène fr. 131 Wehrli," Revue de philologie 41 (1967): 242-46.
  • R. Ferwerda, "Democritus and Plato," Mnemosyne 25 (1972): 337-78.
    • 焼き払おうとしたという伝承が史実に基づくものだと主張する。