アヴェロエス 『形而上学要約』英語訳

On Aristotle's Metaphysics: An Annotated Translation of the So-called Epitome (Scientia Graeco-arabica)

On Aristotle's Metaphysics: An Annotated Translation of the So-called Epitome (Scientia Graeco-arabica)

 アヴェロエス(1126-98)の『形而上学要約』の英語訳を手に入れました。12世紀スペインの哲学者であるアヴェロエスは、アリストテレス哲学について4種類の形式にしたがって著作を書いていたことが知られています。一つはアリストテレスの著作から本文を順番に引用して、それに逐次解説を加えていくもの。これは『大注解』と呼ばれているものです。二番目はしばしば『中注解』と呼ばれるもので、本文を引用することはせずにアリストテレスがある著作で主張していることをできる限り一貫性を持たせて再現しようとするものです。この二番目の形式よりもさらに要約の度合いを高めたものが、三番目の『要約Epitome』と言われるものです。最後の形式は『〜に関する著作』という表題が普通つけられており、著作単位ではなくてある特定の問題の解明に特化した作品となっています。

 ここで英語訳されているのは『形而上学』に関する三番目の形式の著作です。実際には主たるアラビア語の写本でも、アヴェロエス自身によっても『要約』という表題はつけられていません。しかし内容や、その他の『要約』と呼ばれている諸著作との関係から、これを『要約』形式の作品と見なしてかまわないだろうと訳者であるアルンゼンは結論しています。

 執筆時期は三つの段階に分かれると推測されています。まず1160年代の初頭に最初の執筆が行われ、そこから1180年までに第一段階の修正が行われました。その後さらに1192-1194年ごろに完結した『形而上学大注解』の執筆と歩調を合わせる形でさらる改訂がほどこされます。おそらくはその後さらに最後の第5巻部分の改訂にアヴェロエスは着手したと推測されます。というのも本書は5巻からなることが著作中で宣言され、第5巻への言及もたびたび行われているのに、残存しているあらゆる写本が4巻の終わりで切れているからです。ここからアヴェロエスはおそらくその生涯の最終段階で第5巻を書きなおす計画を立てたものの、それを果たせずに死んだと推測されます。

 本書にはいくつかのアラビア語校訂版がありますが、それらはすべて単一の写本か非常に限られた数の写本に依拠したもので、決定版からはほど遠い出来であるとアルンゼンは評価しています。本訳は校合に基づく読みに基づいた英語訳であり、アラビア語を読むことができない中世哲学研究者のみならず、従来のエディションからは正確な意味を取ることができなかったであろうアラビア哲学研究者にも役に立つだろうとされています。なお将来的には決定的校訂版の出版も視野に入れているそうです。