ギリシア哲学の神秘的な過去 ルイ・ジェルネ「哲学の起源」

  • ルイ・ジェルネ「哲学の起源」堀美佐子訳『現代思想』1974年12月号、200–215ページ。

 ルイ・ジェルネ(Louis Gernet)による記念碑的論文が邦訳されていることを知ったので読みました。現実を合理的説明の対象とすることがギリシアではじまったことをどう歴史的に説明すべきでしょうか。パルメニデスの哲学詩が考察の出発点を与えてくれます。パルメニデスは知識というのは女神の導きのもと、旅の終わりに、道として与えられると述べています。この象徴的言語はすでにオルフェウス教的と言われている作品のなかに見いだされます。このことは神秘主義的同信集団の伝統が哲学において転移されて使用されていることを意味します。

 この転移はどのようなものだったのでしょう。パルメニデスは啓示を受けたものとして自分を理解していましたし、彼の周りの人も彼をそう理解していました。この理解は他の哲学者にもあてはまります(エンペドクレス、ヘラクレイトス)。哲学という語を生み出したピュタゴラス教団もまた宗教的セクトと対抗的に、しかしそれをモデルに形成されたと思われます。ここにアルカイック時代に、神秘主義の流れをくみながら哲学者の先駆者といえるような一群の人々がいたことが注目されます(アバリス、アリステアス、エピメニデスら)。彼らは儀式を行い、予言を下すと同時に神や宇宙についての理論も提唱していました。彼らが用いた神との特権的な関係をあらわす語彙はプラトンアリストテレスにも引き継がれています。

 パルメニデスの旅は霊魂の旅であり、自由に移動し輪廻転生する霊魂という宗教的思弁に起源を持つものでした。先に述べた神秘主義の流れを組む人々は霊魂の輪廻の理論を自らの理論のうちに取り込んでいました。彼らの霊魂が前世の記憶を保持できているのは、彼らが霊魂を緊張させたり集中させたりして、それを浄化し維持することができるからです。この浄化の修練という考え方は、シャーマン的な思考に起源を持つように思われます。

 このような神秘主義的宗教的な伝統に位置していることが極めて明確な思想家がエンペドクレスです。彼は神であり、予言を下すものであり、治療を施したりするものでした。このことは自然を支配し、知恵を持ち、医術を行使する呪術的王の記憶が彼の自己認識に潜んでいることを示しています。この呪術王の観念はポリスの成立により解体されたものの、宗教的集団のなかで生き続けました。これがエンペドクレスに現れているのです。この観念は究極的にはインド・ヨーロッパ語族のあいだに見いだされる戦士、呪術師、食糧生産者の三類型に人間を分類する思考法に由来します。この呪術師は人々を統治する資格を有するとされました。それがゆえに宗教的集団から呪術師としてのイメージを引き継いだ哲学者たちが、しばしば自らに支配者としての役割を割り振ったとしても不思議ではないのです。

 理性的思考の開始というギリシアの奇跡はそれゆえ、それ以前の宗教的伝統に連なる歴史的事象としてとらえられねばならないことになります。