ポリスの政治と理性的思考 Vidal-Naquet, "Greek Rationality and the City"

The Black Hunter: Forms of Thought and Forms of Society in the Greek World

The Black Hunter: Forms of Thought and Forms of Society in the Greek World

  • Pierre Vidal-Naquet, "Greek Rationality and the City," in The Black Hunter: Forms of Thought and Forms of Society in the Greek World, trans. Andrew Szegedy-Maszak (Baltimore: Johns Hopkins University Press, 1986), 249–62.

 ギリシアの理性的思考についてのヴィダル=ナケの論考です。基本的にはジェルネからヴェルナンまでの立論を引き継いでいると言えます。

 ギリシアに理性的思考が誕生したといったとき、それが神話から自然と生まれでたともはや考えることはできません。コンフォードは『エヌマ・エリシュ』、ヘシオドスの宇宙創世神話アナクシマンドロスの宇宙創成論のあいだに構造的な類似性があることをしめしました。問題はどうしてアナクシマンドロスをはじめとする人々が、神話の要素を受け継ぎながらも神話を拒否したかです。これをうながしたのはポリスの成立でした。ミュケーナイ文明の崩壊以降ギリシアでは大きな権力をもつ王がいなくなります。その後成立したポリスではまずは重装歩兵となる軍事貴族のあいだでの平等が達成されます。さらにその後平等の範囲が農地を耕す農耕民にまで拡張され民主主義が成立しました。ポリスでは権力はもはや宮殿にはなく、都市の真ん中のアゴラにおかれました。アゴラでの決定は平等な市民たちのあいだでの言論によって遂行されます。宗教形態も変容し、神殿の像は純粋に見られるためだけのものとなります。

 この政治的生活によって初期の理性的思考は規定されていました。互いに拮抗する対立する要素が平衡状態を生み出しているというアナクシマンドロスの宇宙像はポリスの状態に類似しています。トゥキュディデス理性的決定・偶然、言論・行動、法・自然、戦争・平和といった対概念を駆使して歴史を叙述するのもまた、内部に対立を抱えたポリス像に依拠したものです。もちろん理性的思惟は政治に還元されうるものではなく、ひとたび発生するとそれは自律的な活動を開始します(パルメニデス)。しかし最初にあったポリスの政治生活が神話からの脱却をうながしたことを見逃してはなりません。

 その後理性的思考はさらに鋭さをまし、その生みの親であるポリス自体にも批判の目を向けることになります(プラトン)。