ディシプリン形成と歴史記述 田中『科学と表象』序章

科学と表象―「病原菌」の歴史―

科学と表象―「病原菌」の歴史―

  • 田中祐里子『科学と表象 「病原菌」の歴史』名古屋大学出版会、2013年、1-38ページ。

 「病原菌」をめぐる歴史研究の序文を読む。あるディシプリンがあらたに出現するときが科学の歴史のうちにはしばしばある。そのときにそのディシプリンにまつわる調査を実践するための制度と、そのディシプリンがあつかう対象が認知される。さらにそうして成立したディシプリンは、そのディシプリンをめぐる歴史記述をも生みだす。その歴史は、ディシプリンの成立にいたるまでの漸進的発展と発見が記述される。そうしてあるディシプリンの確かさと、それがこれから進むべき方向が展望される。このようなディシプリンの成立にともなうもろもろを細菌学が経験したのは19世紀末であった。パストゥールとコッホの時代である。そのときに研究所、最近・微生物という用語の定着、細菌学の歴史記述がともに生みだされた。本書が目指すのはそのような歴史記述をひとまず解体することである。コッホやパストゥールにいたる前史とみなされがちなフラカストロやレーウェンフックの営みを、その歴史的コンテキストのうちで再構成する。さらにパストゥールとコッホ本人の営みもまた細菌学の成立という完成されたパッケージのうちからではなく、彼らの認知の不完全さも含めてとりあつかおうとする。最後に、本書はパストゥース以前には微生物は存在しなかったというラトゥールの立場はとらない。むしろ存在していたのかもしれないと考えるという。

 以上の見通しから、以後フラカストロ、レーウェンフック、パストゥール、コッホをめぐる各論が展開される。