痕跡による知識

新版 歴史のための弁明 ― 歴史家の仕事

新版 歴史のための弁明 ― 歴史家の仕事

  • マルク・ブロック『新版 歴史のための弁明 歴史家の仕事』松村剛訳、岩波書店、2004年、31–58ページ。

 歴史的観察というのはいつも痕跡から出発します。今では知覚できない現象が残した知覚可能な跡を史料として用いるわけです。この痕跡には二種類あります。第一に叙述史料と呼ばれるものがあり、それはたとえばヘロドトスの作品のように以後の世代の読み手に情報を提供するという意図を持って書かれています。第二に貨幣や機密報告文のように歴史の証人となる意図の元に作成されたのではない痕跡群があります。歴史書年代記の見方に束縛され硬直化してしまわないためには、後者の史料から過去が提示しようと思った以上のことを引き出さねばなりません。またたとえ叙述史料を用いる時ですらそこで意図されていること以外の問いを投げかける必要があります。

つまり過去をその痕跡だけで知ることを常に余儀なくされつつも、過去自体がわれわれに知らせてよいと思った以上のことを知ることができるという点で、われわれは少なくとも過去に対する不可避的な従属から解放されたのである。それこそよく考えてみれば、所与に対する知性の大いなる復讐である。(45ページ)

 こうして用いられる史料が多様化する一方で、一人の人間がその解読技術をみにつけることができる史料のタイプというのは限られてきます。このため諸技術を連合させる共同研究が不可欠となります。