自然主義と新しい哲学 科学革命への職人の寄与再論

The Body of the Artisan: Art And Experience in the Scientific Revolution

The Body of the Artisan: Art And Experience in the Scientific Revolution

  • Pamela H. Smith, The Body of the Artisan: Art and Experience in the Scientific Revolution (Chicago: University of Chicago Press, 2004), 4–28.

 ギリシアより続く西洋文明の特徴は、手を使ってする仕事と精神を使ってする仕事とを鋭く区別することです。このため手を使う技芸は、学校で教科書を使用して教えられる学問からは排除され、その習得は実践や作品を模倣することによってなされるようになります。職人の知識が文字として残らないなら、過去のそれをどうやって知ることができるでしょうか。そのひとつの手段は、技芸におけるスタイルに着目することです。

 ルネサンス以降の技芸スタイルに特徴的なのは自然主義です。それは単に見えるものをそのまま描いたり造形したりしようとするものではありませんでした。自然主義的な作品のなかには、忠実な描写により一定の霊的な効果が現れると期待されていたものや、単なる自然の表層だけでなくその内的な過程をも理解しているという職人の自負があらわれているものがあります。自然主義というスタイルからは、職人がどう自然を理解していたか、またそうやって理解した自然からどう生産的な(つまり文字通りなにか効果を生み出すような)知識を産出できると彼らが考えていたかがうかがえます。このなによりも自然に身体的に関わりあうことに知識の源泉を求める自然主義の態度は、古典作品における望ましい描写を持たない北方の地域で特に発達しました。

 本書の主張の肝は、この職人による自然理解(認識論とも呼ばれる)が科学革命を可能にしたというものです。最初に述べた手仕事と精神的仕事との鋭い区別が廃棄され、正しい理論というのは望んだ効果を生み出せるという実践に裏付けられるという考えに取って代わられたのが、初期近代における最も大きな転換であるとされてきました。実はこの転換というのは、自然主義というスタイルにあらわれているような職人による知識生産をモデルにしてなされたというのです。

 研究史的には、科学革命期における実験的学問分野の重要性を否定したトマス・クーンの見通しとは袂を分かち、絵画分野における自然主義と自然理解における経験主義の同時並行性の意味を考察したSummersやスタフォードにならうということになります。あとなぜか注で目立たない形でしか触れられていませんけど、科学革命への高級職人の寄与を論じたZilselのテーゼこそが、この本の出発点にあるように思えます。

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