普遍史は可能か 南塚「歴史学の新たな挑戦 『グローバル・ヒストリー』と『新しい世界史』」
日本語でグローバル・ヒストリーについて学ぶさいに基本書となる3冊を概観し論評した論考を読みました。その3冊とは水島司編『グローバル・ヒストリーの挑戦』、水島『グローバル・ヒストリー入門』、羽田正『新しい世界史へ』です(ただし羽田は現行のグローバル・ヒストリーには批判的)。これらの著作が従来の歴史学の問題点として共通して指摘しているのは、世界をいくつかの地域に分断してとらえ、それら分断された諸地域のなかでヨーロッパを優位に置くという基本前提です。この前提から脱するためには、扱う領域をグローバルな水準にまで広げ、その空間の中で人々が相互に取り結んでいた関係性を中心に記述を行わねばなりません。羽田の場合、提案はさらにラディカルなものになります。世界の全人間集団を視野に入れた特定の時代の「世界の見取り図」を描写するのはよいとして、それら複数の見取り図のあいだにある時系列史を書くことを放棄すべきというのです。現状では時系列史は不可避的に他地域から区別され、自律性を有する領域の想定を要請するからです。世界全体の時系列史が書けるまでは、時系列史は当面断念すべきであるとされます。
以上のような旧来の歴史学への挑戦にはいくつかの疑問点をあげることができると著者は言います。第一にこれまでの日本での世界史の実践から学ぶことはないのかという点です。国民国家単位で世界を分断するのではない世界史の試みはすでになされていました。第二に、羽田は自らの新しい世界史を中心性を徹底的に排除したものと規定するものの、ある中心的地域が周りの動向を規定するというような意味での構造性を歴史に認めることは重要ではないか。第三に、羽田が自らの世界史を地球市民のための世界史と形容するときの、「地球市民」がまさにヨーロッパ的な概念ではないかという問題があります。最後に、本当に一気に普遍的な視点からの世界史へと飛躍できるのだろうかという疑念があります。むしろ世界全体からの視点を意識した(たとえば)日本からの世界史や、韓国からの世界史が競合する状態にいたればよいのではないかというのです。
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