- ジョン・ブルーア「ミクロヒストリーと日常生活の歴史」水田大紀訳『パブリック・ヒストリー』第2号、2005年、19–37ページ。
マイクロ・ヒストリーを史学史的に考察するための文脈を提供する論文を読みました。議論が難解で私の頭ではうまくとれない個所が多くあります。
「歴史家たちは落下傘部隊とトリュフハンターの2つのカテゴリーに分類される」とル・ロワ・ラデュリはかつて言いました。前者は歴史的事象から距離を取り、時間的にも距離的にも大きなスケールの構造やその変化を抽出しようとします。「眺望型の歴史学」です。後者は限定された特殊な歴史的対象に肉薄することで、その細部を復元しようとします。「閉じこもり型(refuge)の歴史学」とも呼ばれるこのタイプの歴史記述が主として対象としたのは、落下傘部隊によっては見落とされがちな民衆の日常生活でした。
後者のような歴史学は近代化論へのアンチテーゼでした。経済成長の段階、政治参加の度合い、世俗化の程度、社会的流動性の高低、近代的個人の確立の有無といった指標にしたがって、ある時代のある地域が近代化をどの程度達成したかを評価する近代化論は、明確に眺望型の歴史学でした。政治的には急進的な政治改革の希望がついえ、知的には計量的な歴史学への幻滅が深まるにつれて、主として左翼の歴史家たちは、近代化論という俯瞰的な視野から、より個別的で日常的な歴史の局面に目を向けはじめます。人びとの日常的な生活の場にこそ世界を変革する可能性があるのではないかと考えたのです。
視野の変化は必ずしも大規模な問題を問うことを断念するわけではありません。むしろ観察の尺度を変化させることで、従来は注目されてこなかったけれども大きな変動に寄与した要因なり、これまで十分に記述されてきたと思われていた事象に新たな意味を与えることが目指されています(ジョヴァンニ・レヴィ)。尺度の変化はまた、これまで「異常」であるとか「不合理」であるとか判断されて十分な扱いを受けてこなかった実践や信念について、それに意味を与えていた脈略を適切に復元することにより、それを説明できるようにすることを期待されています(セルとー、ギンズブルグ)。
この後議論は、イタリアに端を発するミクロストリアとネオ・リアリストの運動、及び小説文学との関係に移り、最後は日常生活の歴史学において対象との距離感と親密性とのあいだの緊張にどう対処するかという問題が論じられます。この部分は私にはよく理解できませんでした。
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