「内乱にもましておぞましい戦を歌おう」 ルーカーヌス『内乱 パルサリア』上巻

内乱――パルサリア(上) (岩波文庫)

内乱――パルサリア(上) (岩波文庫)

戦を、私は歌おう、エマティアの野に繰り広げられた、
内乱にもましておぞましい戦を、正義の名を冠された犯罪を、
覇者ながら、勝利の右手を我とわが内臓に向けた民を、
同胞が同胞を相撃つ戦列を、専制の盟約が破れてのち、
世界を震撼させつつ総力をあげて争われ、彼我もろともに
悖逆の罪に堕ちた闘争を、敵旗を迎え撃つ敵旗を、
並び立つ双の鷲旗と互いを脅かす手槍を。(第1巻、1–7行)

 ルーカーヌス『内乱』の日本語訳の刊行がついにはじまりました。ローマ文学の白銀時代を代表する叙事詩です。上巻には第1巻から第5巻までが収録されています(第10巻まで詩人は書くことができた)。まずもってこの難解なラテン詩が見事な日本語に移しかえられていることに感動しました。分かる、分かるぞ、あのルーカーヌスを理解できる。この感動は『内乱』を一行でも読んだことがある人なら理解してもらえると思います。しかも訳文の調子がいかにもルーカーヌスっぽい。古典語を翻訳するときに、どのような文体を用いるかは難しい問題です。訳者は難解な漢字や古めかしい表現を多用することを選びました。悖逆(はいぎゃく)、剣の暴戻(ぼうれい)、濫觴(らんしょう)といった単語が冒頭から飛び交います。こういう表現をオウィディウスに対して用いてしまってはすべてが台なしですし、ウェルギリウスに用いてもやはり何かが決定的に失われてしまうでしょう。しかしルーカーヌスにはこのような文体こそふさわしいのではないかと思います。正直私の日本語レベルでは知らなかったり理解出来ない単語も多々出てきます。しかしそれでも漢字の与える印象でなんとなくいいたいことは分かる。実際古代ローマ人もルーカーヌスのひねりにひねった表現を易々と理解できたとは思えません。おおかたこの日本語を日本人の読者が読むときのような印象を音読していて抱いたのではないか。いやこれは完全に私の想像ですね。とにかくこの古めかしい文章が見事にこの叙事詩の雰囲気に合致しているのです。

 主題はカエサルルビコン渡河よりはじまる内乱です。ラテン文学を愛する人々、古代ローマ史に関心がある人、さらには古代ローマをこえてヨーロッパにおける韻文の伝統を学ぶ人々すべてにおすすめする翻訳です。さあ買いに行くんだ。