アテナゴラスとオルフェウス教伝承
- 作者: 日本西洋古典学会
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2012/03/24
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『西洋古典学研究』の最新号に掲載されている論文です。オルフェウス教という宗教思想が古代にありました。その実態は残された資料が約1000年に渡って存在しており、しかもそれらが引用断片であることから、非常にとらえどころのないものになっています。分かっているのは、この思想の背後にたとえばいまのカトリックにおけるローマのように、その活動の全体を統括するような組織が存在していたということはないということです。しかし同時に、オルフェウスの名を冠した思想が、様々な人々によって相互に何らかの関係性もなく提唱されていたとも考えられません。この両極端のどこかにこの宗教思想の実態はあったと考えられます。ではどこにあったのかということを探るための準備作業として、この論文では2世紀のキリスト教著作家アテナイのアテナゴラス(2世紀後半)が引用しているオルフェウス教伝承の性質が調べられています。
アテナゴラスの引用は散文部分と韻文部分からなっています。この散文部分は300年以上あとのダマスキオスの作品に並行伝承が見られます。文言の比較から分かるのは、アテナゴラスが用いていた資料の拡大ヴァージョンをダマスキオスは資料として用いていたということです。これは古代末期にオルフェウス教の先行伝承を比較的自由に拡大しながら文書を生産する慣習が存在していたことを示唆します。散文に加えて、アテナゴラスの引用には3つの韻文が含まれています。これは散文資料とは別の資料を根拠とするものと思われます。しかもそれらは相互に内容上の関連性がないため、3つの異なる韻文文献に由来すると推測されます。その用いられ方は文法的にも内容的にもかなり強引です。このことはアテナゴラスが手持ちの学説集成資料を参照しながら、そこに見られる文言を利用出来るように著作を編みあげていったこと、しかしそれが時としてうまくいっていなかったことを意味します。総合するとアテナゴラスはオルフェウス教の伝承を含む1つの散文資料と3つの韻文資料を持っており、それらは別個の学説史的資料からとられたか、あるいは同一の資料からとられていたとしても、相互に別々の文脈を構成していたと考えられます。
ポイントとしては第一に、オルフェウス教伝承の検討を通じて、古代末期における同宗教思想にまつわる文書の生産様式の一端が垣間見られること。第二に、伝承の用いられ方からアテナゴラスというキリスト教著作家の著作技法を推測できるということになるのだと思います。ここまで専門的になると日本語圏での読者層は非常に限定されてしまうので、ドイツ語か英語でも発表して、オルフェウス教研究とアテナゴラス研究の進展に資するようにしないといけないですね。
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