学問分野成立の諸前提 Forman, "On the Historical Forms of Knowledge Production and Curation"

Clio Meets Science (Osiris, Second Series)

Clio Meets Science (Osiris, Second Series)

  • Paul Forman, "On the Historical Forms of Knowledge Production and Curation: Modernity Entailed Disciplinarity, Postmodernity Entails Antidisciplinarity," Osiris 27 (2012): 56–97.

 今日みられるdiscipline(学問分野;区分けされた諸学問分野;そのような学問分野の存在を前提に思考できること)の危機をモダニティからポストモダニティへの転換という著者年来の主張をつかって説明する論考です。訓練を受けた専門家がそれぞれの学問分野にたずさわることで知を生産する事態が成立し、また望ましいと考えられていたのは、18世紀の終わりごろから20世紀のなかばという比較的短い期間です。この短さを忘れさせ、あたかも学問分野が常に存在してきたかのように思わせてたきたのは、たとえばクーン、デュルケム、タルコット・パーソンズマートンといった研究者の理論でした。ではこの学問分野の短い繁栄を可能にしたのはなんだったのでしょうか。それはモダニティにおいて高い評価を受けていた4つの価値観の存在でした。方法(とくに真実を述べること)を重視する手続き主義(proceduralism)、公平無私性(disinterestedness)、自律性(autonomy)、連帯(solidarity)です。これらの価値観があったからこそ、厳格な方法論にしたがって、私欲を排し、他の何かのためではなく科学的知そのものの価値のために、協力して知を生みだす専門家たちがそれぞれの学問分野で活躍するということが可能となっていました。これら4つの価値観が20世紀半ば以降(ポストモダニティに移行以降)すべて崩壊することで、学問分野への信頼は失われます。学問分野というものは硬直的で革新を妨げるという考えが広まります。パラダイムが機能しなくなり、学問分野の自律性が失われる点に歴史的重要性を認めるクーンの理論は、科学社会学をして学問分野の自明性を否定し、その構築性に力点を置かせることになりました。これらはおよそ社会に区分けされた集合単位をみとめない(故に社会すら認めない)というポストモダニティの基本前提の帰結です。科学史の領域で、科学史歴史学をモデルに規律にしたがう専門分野として成立しうるし、してきたという夢が語られるのもまた、科学史分野という区分けが成立し得なくなっていることの反映でしかありません。著者は現代における高等教育の再構築も、このような学問分野の成立不可能性を踏まえて行われるべきと考えているようです。