かつての解剖学 Cunningham, "The Pen and the Sword II"

  • Andrew Cunningham, "The Pen and the Sword: Recovering the Disciplinary Identity of Physiology and Anatomy before 1800 II: Old Anatomy: The Sword," Studies in History and Philosophy of Science 34 (2003): 51-76. 

 昨日紹介した論文の続編です。今回は解剖学が扱われます。1800年以前の生理学が思弁的で理論的な学問分野であったとするなら、同じ時期の解剖学は人間の身体を手と目を使って調べるという役割を引き受けていました。人間なり動物の身体の部分を解剖により観察し、その構造を確定し、そこから用途と機能を明らかにする学問です。解剖は死体についても生きた身体についても行われました。生きた身体の解剖はもちろん動物に限定されています。ただしヴェサリウスなどについては、生きた人間を解剖しているのではないかという噂が立っていました(ただどうやらこれは噂にすぎないようです)。経験・実験に基づく解剖学は生理学的な推測に必要となる基礎的情報を提供するものとされました。しかしこのような解剖学の生理学への従属に異議を唱えた人物もおり、それがウィリアム・ハーヴィです。解剖学こそが経験的事実にもとづいて、(従来生理学の領分と考えられてきた)人体各部位の機能の原因までも解明できる。逆に思弁的な生理学は根拠のない推測をすることができるだけである。ハーヴィはこう考えました。このような考えがどこまで一般的であったかは不明であるものの、とにかく1800年代にいたるまで手を使う解剖学と理論的な生理学という学問区分は守られていました。これが崩れるのが1800年代の前半に実験生理学が手を使った生理学を開始するときです。