ポリスの出現 ヴェルナン『ギリシャ思想の起源』第4章

ギリシャ思想の起原 (1970年)

ギリシャ思想の起原 (1970年)

 哲学の起源を探る書物から、ポリス成立の意味を論じた章を読みました。8世紀から7世紀のどこかでギリシア世界にポリスが誕生します。この制度の第一の特質は言語がすべての権力手段に優越することです。あらゆる決定は公衆を審判官とする論戦によって決せられます。第二の特質は社会生活の公共化です。たとえば元来戦士と祭司階級によって専有されていた知的・精神的領域がアゴラで議論の対象となります。こうして政治的決定の領域と同じく知的世界でも言語が正当化の唯一の手段を提供することになりました。この知的世界の公共化を促したのは文字の利用でした。また秘教的性格を持っていた祭儀は都市の公共祭儀とされます。神殿は公共的なものとして開放的に設計され、なかに置かれる偶像もあらゆる呪術的効力を剥ぎ取られ、ただ見られるという機能しか果たさない像となります。

 とはいえこの社会生活の公共化があらゆる古い宗教的制度を壊したわけではありません。人間の討議による理性では及ばない未来を制御するために(偶然を飼い慣らす!)、秘術的な祭儀にポリスが訴えることはありました。また公共の領域の外で、あくまで個人精神の領域では結社の発達がみられます。ギリシアにみられる最初の賢人たちはこの結社にあった関心と深く結びついていました。彼らは都市の公共的な生活の外部におり、それゆえ神にいっそう近く、なにほどか神に由来する知恵を持っている。だからこそしかしその知恵はポリスの難局にあたり、それを切り抜けさせてくれる手がかりをあたえるものと期待されました。この社会生活からの隔絶と、そこへの介入という二つの極のあいだを以後哲学は動き続けることになります。

 ポリスの持つ第三の特質はその構成員が互いに似ているものと意識されたということです。平等な構成員が友愛によって結合したのがポリスです。この平等意識は紀元前6世紀にはイソノミアという概念によって表現されることになります。この平等な構成員をなすのは何よりも軍務を担う貴族です。重装歩兵が集密隊形(パンクラス)を組んで戦うという戦術の出現(これは紀元前17世紀)は、戦場における英雄的徳よりも足並みをそろえ軍全体での勝利に貢献することを促す規律への評価を高めました。この全体を調和を重視する軍事領域での精神はポリスの凝縮性を確保するためにも利用されます。そこでは社会的不平等を惹起する可能性のある言動は思い上がり(ヒュブリス)として指弾されます。かわりに慎みを持った禁欲的ともいえる生活様式が称揚され、それによりポリスの構成員のあいだの親密性を高め、家族のごときものとしてポリスを観念することに力が注がれました。この秩序を第一義とする体制を最も顕著に実現したのは軍事国家スパルタでした。しかしそこでは軍事的動機の強い優越により、言語の支配が相対的に弱くなることになります。