アレオパゴス説教 田川『使徒行伝』

新約聖書 訳と註 第二巻下 使徒行伝

新約聖書 訳と註 第二巻下 使徒行伝

 パウロのアレオパゴス説教について論じた部分です。この説教はパウロが実際に行ったものを再現したものだとされています。ノルデンの『知られざる神』(1913年)以来、この説教は内容があまりにヘレニズム的すぎるので、パウロの思想を反映したものではなく、使徒行伝の著者の手になるものだという主張がなされてきました。これにたいして著者は、そのようなヘレニズム的・ユダヤ教的という二分法は、パウロのようにギリシア語の世界で生き、そこからユダヤ教由来の宗教を世界宗教として広めようとしていた人物にあてはめることはできないとします。またこの使徒行伝が物語っている時期と同時期に書かれた第一テサロニケ書にもまた、アレオパゴス説教にあるような自然神学の思想が書かれています(1:9–10)。このことはこの時期に異邦人伝道をするにあたって、パウロが自然神学のレトリックを多用していたことを示しています。しかもその自然神学のロジックがパウロ思想の総決算であるローマ書にも出てくる以上(1:20–23)、いよいよアレオパゴス説教がパウロ自身の思想をあらわすものであることは疑いえないと著者はします。逆に使徒行伝と同著者によるルカ福音書では、パウロの説教の再現部以外で自然神学の思想はあらわれません。このこともまた説教がルカではなくパウロに由来することを示しています。