インド科学史の転回 Phalkey, "Intorduction"

 科学史の専門誌Isisで組まれたインド科学特集の序文を読む。これまでのインド科学の歴史は多くの場合、西洋との遭遇という観点から記述されてきた。1947年のインドとパキスタンと分裂までの歴史記述では、西欧が帝国主義の理念にしたがって拡張し、インド亜大陸を植民地支配したという事実と科学研究が切りはなせないものとされる。このときインド科学史は帝国の性格一般について知見を提供するという点で有用とみなされる。このタイプの研究がしばしば1947年を終点とするのにたいし、現代インドの科学技術批判は科学史というより社会学政治学STSといった領域の研究者によって行われている。科学や技術は、それらがかつて帝国の時代にそうであったように、いまでも既存の権威に奉仕し、暴力的に作動するものであると彼らはいう。ここでも科学は西洋からもたらされたものと理解されている。以上二つの研究動向から理解されるように、インドでの科学の歴史や科学論は、西洋との遭遇がもたらした植民地時代とポスト植民地時代の状況を解明するという役割をはたしてきたといえる。

 これにたいし本特集が目指すのは、インド科学史の研究を現状の科学史研究でおもにとられている分析枠組みをもって行うことだ。たとえば「インド」や科学の起源としての「西洋」を自明視し、この遭遇という巨視的観点からインドでの科学活動を意味づけていくことはしない。むしろ過去に人が実際に何をしたのか、そのなかで彼らはどのようにして科学的知識(と彼らがみなした知識)を産みだしたのか、その知識の内容はいかなるものだったかといった点に注目する。このように科学の実践とその内容に焦点を当てることで、インド科学史科学史研究の最新のヒストリオグラフィにあわせて更新する必要があると著者は主張している。