科学、オランダ、チューリップ Findlen, "A Tulip for a Cup of Tea?"

  • Paula Findlen, "A Tulip for a Cup of Tea? Commerce and Nature in the Dutch Golden Age," Annals of Science 66 (2009): 267–76.

 『自然の占有』の著者であるポーラ・フィンドレンによるエッセイレビュであり、つぎの2冊の書物を対象としている。

Matters of Exchange: Commerce, Medicine, and Science in the Dutch Golden Age

Matters of Exchange: Commerce, Medicine, and Science in the Dutch Golden Age

Tulipmania: Money, Honor, and Knowledge in the Dutch Golden Age

Tulipmania: Money, Honor, and Knowledge in the Dutch Golden Age

 前者のHarold Cookの主張の骨子は中尾さんのブログで読むことができる。

 後者のAnne Goldgarの書物は、オランダで起きたチューリップ・バブル(1637年2月にはじけた)を扱った書物である。オランダといえばこんにちチューリップで有名ではある。しかしじつはチューリップが欧州にきたのは16世紀後半であり、これがオランダにおいて一過性のブームを引き起こし、それ以後(バブルは終わったけれど)チューリップはオランダを代表する植物となった。

 この2冊の書物を評するにあたり、フィンドレンは英語圏での科学史学におけるオランダの扱いから論を起こしている。オランダといえばホイヘンスがおり、レーウェンフックがおり、デカルトがその思想形成における重要な時期を過ごした土地である。それなのに英語圏科学史家は概してオランダを軽視してきた(ベルケルやファン・ヘルデンといったオランダ出身の著名な科学史家の存在にもかかわらず)。近年ようやく、それも科学史外の歴史学からの刺激により、初期近代のオランダへの関心が科学史家のあいだで高まっている。

 科学史家のあいだでのオランダへの着目は(互いに重なりあう)三つの方向から来ている。第一に自然誌が科学史の主要な主題となったことがある。事物を運び、集め、記述し、整理するという活動を論じるためには、オランダが各地でおこなった商業活動においてはたした活動を無視することはできない。第二に科学をより多様な歴史的文脈のうちで理解するヒストリオグラフィの進展とともに、歴史において商業活動がいかなる役割を果たしたかが重要な研究トピックとなっており、これもオランダ科学史への関心を高めている。とくにオランダはカルヴァン主義の拠点であり、カルヴァン主義と科学というウェーバー以来のテーゼを、むしろ商業活動という科学というあたらしい角度からひっくり返すに好適である(Cookはこれをしている)。第三に世界規模のネットワーク形成を視野に入れて、過去の科学活動を記述する機運が高まるとともに、海洋商業国家オランダが無視できなくなってきている。従来はイエズス会の活動が初期近代における広域的科学活動を論じる際の焦点であったが、いまはこれにオランダが加わっている(キリスト教禁教後も日本と貿易を続けたのはオランダであった。Cookの書物にはオランダ人学者の出島での活動を扱った部分がある)。

 こうして高まった関心を総合する書物としてCookの研究はある。逆にGoldgarの研究はもっぱら一つのエピソードを分析することで、自然誌の研究対象であったチューリップが収集文化の成熟したオランダにおいていかに投資の対象となり、社会のなかでの重要度を増していくかを論じたものであるという(ちなみにチューリップバブルで破産した人はそんなに多くない模様)。

 オランダの重要性をみとめるからこそということでフィンドレンが提起している問題は重要である。オランダはすくなくともロンドンやパリのそれに類するようなアカデミーを生み出せなかった。レーウェンフックや、日本でも活動したオランダ人学者は、そのせいかをオルデンブルクに送っていたのである。この違いがどこから来たのかは説明されねばならない。

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