新しいニュートン入門 Iliffe, Newton, #1

Newton: A Very Short Introduction (Very Short Introductions)

Newton: A Very Short Introduction (Very Short Introductions)

 アイザック・ニュートンの伝記といえば、ウェストフォールによる記念碑的な作品がある。といってもこれはあまりに大きすぎて専門家でもなければ読み通せない。この欠落を埋めるかのように、本書は簡便でありながら、(ウェストフォール以降のものも含めた)近年の主として草稿に依拠したニュートン研究をふまえた新しいニュートン入門を提供してくれている。著者のIliffeはニュートンの神学関係の草稿を整理しオンラインで公開するプロジェクトの責任者であり、本書にもその強みがあらわれている。

 ニュートン伝のこころみを概観する第1章ののち、第2章では出生からケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジのフェローになるまでの伝記が綴られる。少年時代よりさまざまな機械をつくり周囲を簡単させていた科学者の伝記らしい記述とともに、ラテン語の基本語彙をあつめた単語帳の「父」、「妻」、「未亡人」の項目に、「私通者」、「売春婦」といった項目を彼が独自に書きくわえていたエピソードが記されている。これはもしかするとニュートンが彼の母と義理の父親への気持ちを投影しているのかもしれない(この点を過剰解釈して精神分析の手法でニュートンを理解しようとした研究もある)。いずれにせよ自然、実験、神学、倫理といった問題への強い関心がすでに10代のうちに彼のうちに醸成されていたことが分かる。

 第3章からはよく知られた科学史上の業績が語られる。数学のテクニカルな内容の記述はたしかに過不足ない。だがはたしてこのシリーズの著者に要求される本質を的確にとらえ、それをヴィヴィッドに伝えるという水準に達成しているかは心もとない。それでも紹介されているエピソードには印象に残るものがある。たとえばのちに『プリンキピア』に結実する考えを書きつけたノートに、ニュートンは「Waste Book」という表題をつけていた。いまで言う「チラシの裏」である(たぶん)。チラシの裏にでも書いてろというのは最大級の期待のあらわれとして今後は理解しよう。第3章の後半から第4章にかけては、ニュートンの光学研究が扱われている。ここも科学的内容の記述は精彩を欠いており、むしろフックやイエズス会士たちとの論争の進行具合を語るときに著者の真骨頂はあらわれているように思える。

 続いてニュートン錬金術が論じられるのが第5章である。この辺りから著者の筆が乗ってくる。ニュートン錬金術に熱中していたというのはいまとなってはかなり知られた事実だ。著者が序文で強調しているように、いまさらその事実をセンセーショナルにとりたててみせるべきではない。むしろ近年進んだ詳細な手稿の分析から立ち現れてくるニュートン像を紹介すべきだろう。そのような観点からいくつか興味深い事実が指摘できる。まずニュートンは当時ケンブリッジやロンドンにいた錬金術師たちと知り合いとなっており、彼らから情報を得たり、彼らの書いた手稿を入手してそれをもとに自分用のノートをつくったりしていた。この人々の名前はもはやわからない。しかしケンブリッジのルーカス教授の研究の土台に、いまでは歴史に埋もれてしまった多くのキミストたちがいたことは忘れるべきではない。もうすこし一般的に王立協会の中核メンバーたちが、都市にいる職人や、地方にいるアマチュアの研究者たちとどう関係を結んでいたかという観点からみれば、この側面でのニュートンの交流活動を当時の英国の科学研究の一側面として取りだすことができるだろう。

 もう一つ興味深いのは、このような錬金術師たちから得た情報をひとつの基礎として、ニュートンが統一的な宇宙論を構想していたことだ。この構想は体系的に公表されることはなく、またそもそも彼自身のうちでも整理されていたわけではないので、各草稿や論考のうちで言われていることや、使われている語彙の相互関係をつけるのは容易ではない。しかし基本的にニュートンは空気よりもはるかに希薄で弾力性(ボイルに学んでいる)のあるエーテルが全世界に浸透していると考えていたと言える。重力や光の屈折はこのエーテルの介在から説明される。エーテル(の一部)はときとして、錬金術にあらわれる「哲学的水銀」と同一視された。植物の成長を可能にしているような種子のような力を備えた原理が世界に偏在しており、これが金属・鉱物の形成から動物の発生まで、メカニカルな原理では説明できない現象を可能にしているというのである。このあたりの記述はやや羅列的であり、もうすこしニュートンの基本的世界像を抽出する形で書いたほうが入門書にふさわしかったのではないか。

 第6章ではいよいよニュートンの神学が語られる。ここでは記事をあらためてすこし詳しくみることにしたい(続く)。

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