エラストゥスの粒子論批判 Newman, Atoms and Alchemy, ch. 2

Atoms and Alchemy: Chymistry and the Experimental Origins of the Scientific Revolution (English Edition)

Atoms and Alchemy: Chymistry and the Experimental Origins of the Scientific Revolution (English Edition)

  • William R. Newman, Atoms and Alchemy: Chymistry and the Experimental Origins of the Scientific Revolution (Chicago: University of Chicago Press, 2006), 45-65.

 ニューマンの『原子と錬金術』から、16世紀を代表する粒子論への批判者を扱った章を読む。

 偽ゲベルの『完全大全』は、金属が粒子の集合からなることを実験的に示すことができると主張していた。パラケルススは炎による分離により、すべての物質を塩、硫黄、水銀という三原基に分解できると考えた。パラケルスス本人は粒子論者ではなかったものの、彼の主張をゲベルの主張と結合させると、事物は粒子の集合からなり、そのことを実験手続きにより物質から粒子とされるものをとりだすことによって証明できるというものとなる。この主張はしかしいくつかの深刻な困難を抱えていた。まず多くの中世自然哲学者は、炎は物質を変化させてしまうので、炎を通じて構成物質は抽出されないと考えた。またアリストテレスは金属を含む多くの物質を同質的だとみなしていた。構成があまねく同質的となっている物質からどうして元の構成要素がとりだせるだろうか。

 この衝突があったがゆえに、粒子論への強力な反論があらわれる。16世紀後半にそれを行ったのがトマス・エラストゥスであった。彼は実験によって物質から硫黄や水銀を抽出できるという主張を執拗に攻撃した。その根拠として彼は、自然は後戻りしないという原則を用いた。物質AとBからCが生成したとしよう。そのときCからAとBをとりだすことはできない。そのためにはCはいちど四元素にまで分解され、その後しかるべき過程を経てまたAとBが生成されねばならない。ゲベルの主張はこの原則を無視している。

 この主張はさらに形相をめぐる彼の観念に下支えされていた。彼は名言こそしていないものの、中世以来の形相の単数説と複数説をめぐる論争を強く意識している。まず彼は物質中で新しい形相が生じるときには、以前にあった形相は消滅せねばならないという単数説に与していた。だが彼は単数説の代表者トマス・アクィナスのように、あらゆる形相は第一質料と直接結びついているとは考えなかった。むしろ彼は物質が消滅するときに分解されるのは、四元素であると主張している。この点で彼は混合物のうちに、四元素の形相と混合物そのものの形相があったと主張する複数論者と一致していた。

 エラストゥスによれば、結局のところ錬金術師たちの粒子論はナイーブであった。彼らは混合物が単なる物体の堆積と区別されるためには、それが同質的なものとなっていなければならないという自然哲学の前提を理解していない。彼が構成物質の抽出に成功したときは、混合物ではなく単なる堆積物を相手にしていたのだと考えられる。もし真の混合物から硫黄や水銀を抽出できているなら、それは硫黄や水銀の形相をあらたに質料に付与していることになる。しかしそれは神が自然を通じて行うことである。それができると自称する錬金術師たちは自ら神になったつもりなのだ。

 こうしてエラストゥスは錬金術アリストテレス主義の立場から批判した。しかしこれは裏返せば、もし混合が堆積にすぎないということさえ認めてしまえば、アリストテレスを用いて、粒子論が支持できてしまうことになる。このための手がかりをアリストテレス(?)『気象論』第4巻が与えることになった。