科学上の革新における文化資源の移入 Rudwick, History of Natural Sciences as Cultural History

  • Martin J. S. Rudwick, The History of the Natural Sciences as Cultural History (Amsterdam: Vrije Universiteit te Amsterdam, 1975).

 ラドウィックがアムステルダム自由大学に着任したさいの就任演説である。いくつかの論点が提示されており、そのなかでいまでも参照に値するのは科学理論における革新は、科学者なり科学者集団に利用可能であった文化資源(cultural resources)から形成されるという洞察である。今日では、ひとつひとつの出来事をとりだせばランダムで予見不可能な現象についても、大量の事例を集めて分析すれば一般的で蓋然的な傾向性が抽出できる可能性があるという認識はあたりまえのものとなっている。だがこの分析手法は、政治家でもあり地質学者でもあったGeorge Scrope(1797-1876)という人物が、政治経済過程の分析の現場から、地質学の領域へと持ち込んだことによって、はじめて科学探求の世界にはいりこんだのであった。さらにその持ち込まれた主張が、チャールズ・ライエルによって大々的に利用されるにいたったのは、彼が当時の社会・文化に対していだいていた考えや懸念と、大量サンプルからの蓋然的傾向性の抽出という手法が両立可能であったからであった。こうして新たな理論的革新はしばしば別領域での手法を移入(transpose)することにより起こるのであり、またそうやった移入が可能になるには、新たに移入される手法が、それを用いる人物なり集団なりの持っている利害関心と両立可能でなければならないという洞察が導かれる。このうち別領域にある文化資源の移入という議論は、ラドウィックのこの後の研究においてもくりかえされることとなる(関連記事参照)。