ライエル『地質学の原理』第3巻にみる定常地球論 Rudwick, Worlds Before Adam, ch. 26

Worlds Before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform

Worlds Before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform

  • Martin J. S. Rudwick, Worlds Before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform (Chicago: University of Chicago Press, 2008), 379–90.

 ライエルの『地質学の原理』の最終第3巻の解説です。ライエルの記述は鮮新世(Pliocene; これはさらに二つに分けられる)と中新世(Miocene)からはじまります。これらの時期は連続的なものではなく、長きにわたる地球史上のうちでたまたま記録が残った断続的な諸時期です。これらのそれぞれの時期における貝の化石の分析から、ライエルはそれぞれの地層がどの程度の古さのものかを定量的に示すことができるはずだと考えていました。

 ライエルは新しい地層から論述を開始し、まずは第三紀層の中でも一番あたらしい「より新しい鮮新世 the Newer Pliocene」を詳述します。この時期の分析に、かつての世界と現在の世界のあいだにはそれらを分ける(洪水のような)激変はなく、したがって地球は常に定常的であるということを示すことはかかっていました。そこでライエルは自らの調査にもとづくシチリアとエトナ山の地層記述を素材にそれらが激変によってではなく連続的に形成されていることをしめしました。

 ライエルの定常地球論にとってより問題となったのは迷子石です。とくにアルプス山脈にある迷子石の説明は困難でした。ライエルは湖にできた天然のダムが決壊することで運ばれたのではないかと推測しました。これはライエルですら迷子石の説明には、激変に近い要因を動員せざるを得なかったことを示しています。迷子石の問題は定常地球論のアキレス腱となる可能性を秘めていました。

 ライエル理論にとってもう一つの驚異はエリ・ド・ボーモンの学説でした。エリ・ド・ボーモンは地球史は比較的おだやかな諸時期が、激しい地層の褶曲をともなう激変によって隔てられていると考えました。一番最近の激変がアンデス山脈をつくりだしたとされます。これに対してライエルはエリ・ド・ボーモンが想定する褶曲もまた突然ではなく長い時間にわたって生じたのだと主張することで、激変を地球史に認めることを回避しました。

 ライエル理論の特徴は第一次層の解釈にも現われています。ライエルは第一次層という名称はそもそも不正確であると考えました。彼にいわせれば第一次層は最初の地層ではないのです。それは深成岩と呼ばれるべきものであり、過去から現在にわたり常に地球内部の火によって生みだされているのです。こうして下より生成されてくる新たな層がその上の堆積層を常に変形させ続けているため、第二次層以前の生物相の痕跡は完全に消え去ってしまうことになります。ライエルはこう考えることで、化石の痕跡に定向性があるということを否定しました。また下部の地層は地球のはじまりに接しているという考え方も否定します。こうして彼は定常的な地球史を守ろうとしたのです。もちろんこれは地球が永遠の昔からあるということではなく、単に現在の地表面からはそのはじまりについて考察するだけの証拠がないという主張でした。

 ライエル『地質学の原理』はかつての思弁的な地球理論(geotheory)を、新たな経験的証拠に基づいて地球史としての理論に変形させたものでした。この野心的な試みがいかなる反応を引き起こしたのか。それが激変論者と斉一論者のあいだにどのような統合をもたらし、現代の地質学の基礎が据えられるのか。これらが本書の最終部の課題となります。