スピノザと聖書外の史料(1) Grafton, "Spinoza’s Hermeneutics"

 

  • Anthony Grafton, "Spinoza’s Hermeneutics: Some Heretical Thoughts," in Scriptural Authority and Biblical Criticism in the Dutch Golden Age: God's Word Questioned, ed. Dirk van Miert, Henk Nellen, Piet Steenbakkers, Jetze Touber (Oxford: Oxford University Press, 2017), 177–196.  

 この論文でAnthony Graftonは、スピノザは『神学・政治論』で聖書の研究は自然研究と同じ方法で行われなければならないとして、聖書研究に使う情報は聖書だけから引き出さなければならないと示唆しているものの、実際には(彼の先達と同じように)聖書外の史料も使用しており、その史料を当時のユダヤ教キリスト教に関する文献から採っていると主張している。

 この論文でGraftonは、3つのことを示している。第一に、スピノザとメイエルはともにイサーク・ヴォシウスの著作を研究していた可能性が高いということである。これを示すためにGraftonが着目するのが、メイエルの『聖書の解釈者としての哲学』にある次の一節である。

第五に、聖書の異読を探索し、どれが偽物でどれが本物かを見分けることに関して。両約聖書の書物にはそのような異読が非常に豊富にある。旧約聖書においては「その数が非常に多く混乱しているため、真のものを偽のものから区別するのが難しいことをラビたち自身が認めている。また、新約聖書の写本をすべて突き合わせて精査すれば、ほとんど単語の数と同じくらいの相違点を見出すであろう」と、この分野のあらゆる学説と文献に精通したその同じ人物が、はっきりとした言葉で述べることを恐れていない。

Quintum, quod faciat ad variantes S. Scripturae lectiones explorandas, et quaenam spuriae, quaenam genuinae sint dignoscendas, quarum uberrima est in utriusque Foederis libris seges, adeo ut in Veteri tantam esse earum copiam et confusionem, ut difficile sit veras a falsis dignoscere, ipsos Rabbinos fateri; et siquis omnes inter se committeret, et excuteret scriptos N. Testamenti codices, quot verba totidem pene esse inventurus discrepantiam, apertis verbis dicere non vereatur idem ille Vir in omni istius Doctrinae et literarum genere longe versatissimus.*1

 Graftonは、ここでの「この分野のあらゆる学説と文献に精通したその同じ人物」はスピノザだとされてきたと指摘した上で、引用部は実はイサーク・ヴォシウスの次の文に対応していると主張する。

果たして神は常にユダヤ人の書記たちに寄り添い、彼らの手と筆を導いたと考える一方で、新約聖書の書物を書き写した人々には何の配慮もしなかったと考えるほどに、判断力に乏しいものが果たしているものだろうか。新約聖書には非常に多くの異読があり、もし誰かがすべての写本を突き合わせれば、ほとんど単語の数と同じくらいの相違点を見出すであろう。

Adeone vero quis inops judicij, ut existimet adfuisse Deum sempere Judaeis librariis, ac cdirexisse illorum manus calamumque, nullam autem curam habuisse eorum qui descripsere novi federis libros, in quibus tanta est lectionum varietas, ut si quis omnes inter se committeret codices, quot verba totidem pene sit inventurus discrepantias?*2

 ここからGraftonは2つの可能性を提示する。第一に、もしメイエルがスピノザの言葉を引用しているとすると、そのスピノザはヴォシウスの言葉を引用していたことになる。第二に、よりありそうなこととして、メイエルはヴォシウスの言葉を直接引用している。このことはさらにヴォシウスがメイエルとスピノザのグループでの議論に参加していたか、メイエルとスピノザのグループがヴォシウスの著作を研究していたかのどちらかであることを示しているとGraftonはする。

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*1:[Meyer], Philosophia Scripturae interpres ([Amsterdam], 1666), sig O3v.

*2:Vossius, Dissertatio de vera aetate mundi (Den Haag: Adriaan Vlacq, 1659), p. V