雪の結晶と塩と硝石

 例によって思いつきを書き散らしたメモです。

  • ケプラーの結晶学的な考えと「六角形の雪』 I. I. Shafranovskii, "Kepler's Crystallographic Ideas and his Tract 'The Six-cornered Snowflake'", in Arthur Beer and Peter Beer (edd.), Kepler: Four Hundred Years: Proceedings of Conferences Held in Honour of Johannes Kepler (Oxford, 1975), 861-876.

 これを読みました。これ自体はたいした論考ではないのですけど、読み進めていく過程で『新年の贈り物あるいは六角形の雪について』の最後に次のような文章があることに気がつかされました。

 このようにこの形成能力は異なった液体に応じて異なったものになるというのもありうることです。

 硫酸塩においては菱形十二角形の形が多く、硝石にもそれ自身の形が存在します。

 従って化学者たちが、雪には塩のような何かが存在するかどうか、どんな種類の塩なのか、さもなくばどんな形を取るのか、を語ってくれるでしょう*1

 論考の最後でこんな風にとつぜん塩が登場します。ルネサンスや初期近代の自然学の中で塩が果たした役割は気になるところです。

 フランスの原子論者ピエール・ガッサンディ(1590-1655)は塩は肥沃さの源泉と考えていました。また、それと同時に雪の結晶が凝結する原因について次のように述べています。

 An addam vero nivem in aqua etiam gelida facillime solui, non ob tenuitatem modo huiusmodi pellicularum, sed maxime etiam ex solutione nitrosi salis, quod et causa frigoris sit, et compactionis proinde, sive rigoris bullularum.

 Videlicet frigus, frigidumve ventum, quo obrigescunt bullulae, constare ex salis huiusmodi particulis, aliquoties iam insinuatum est; adeo proinde, ut huiusmodi corpusculis ab aquae copia evocatis, cohaesio, rigorque membranularum illarum pereat, bullulaeque mox collabascant.

 次のようなことも付け加えよう。塩がたとえ冷たい水の中であっても簡単に溶けてしまうのは、単にこのような〔水の〕表面の柔らかさからくるのではない。その最大の理由は、硝石を多く含んだ塩(nitrosum sal)が溶けてしまうことにあるのだ。この塩は冷たさの原因であり、そのため結合の原因、すなわち〔水が持つ〕小さな泡の凍結する原因である。

 すなわち冷気、あるいは冷気を含んだ風は〔上空で雪の〕泡を固まらせるのだが、この冷気や風は上で述べたような塩の粒子から成り立っている。このことはすでに何度か述べた。そのため水のかたまりからこのような微粒子が取り除かれると、その〔雪の〕膜の凝集と凝結が死滅し、すぐに〔雪の持つ〕泡はいっせいに崩壊する*2

 "sal nitrosum"を「硝石を多く含んだ雪」と訳すのはどうなのでしょうね…。

 とにかく雪が凝結している原因とし、てガッサンディが雪に含まれる塩をあげているのは確かです。しかもその塩を最初に含んでいたのは風だそうで。で、この風が上空で作用することによって塩が形成されるわけです。

 ふむ。風に塩が含まれていて、しかもそれが硝石を含んでいるというのはいかにも奇妙な説です。でもid:Freitagさんの本によると、空気中に硝石があるという説は、17世紀初頭には多くの化学者が提唱していたそうです。この考えについては、かなりの研究の蓄積があるみたいです*3

 となると次のように考えるのがいいのでしょうか。ガッサンディケプラーの本を読むことで雪に含まれる塩という考えに導かれた。さらにそこに空気中の硝石という概念を当時の化学哲学から取り出してきて両者を結合させた。それが上記の「硝石を多く含んだ塩」というへんてこな概念につながった。

 いや、これはダメなのかな。そもそも硝石が塩の一種と考えられていたのかもしれないし。そもそも塩自体が一般的に凝結の原理と考えられていたことを考慮すると…。わけわかんなくなってきました。このあたりについてもいずれ系統的に調べたいものですけど…。

 なお、再びid:Freitagさんの本によると、塩についての研究には次のものがあるそうです(331頁)。

  • A. W. F. Ahonen, "Johann Rudolph Glauber", Ph.D. diss., Michigan University, 1972, 84-117.
  • B. Joly, La rationalité de l'alchimie au XVIIe siècle (Paris, 1992), 280-81.

*1:強調引用者。ケプラー、「新年の贈り物あるいは六角形の雪について―ケプラー」、榎本恵美子訳、『知の考古学』、11、1977年、276-296頁の296頁より引用。

*2:Gassendi, Opera Omnia, II, 80aより引用。

*3:Hiro Hirai, Le concept de semence dans les théories de la matière à la Renaissance: de Marsile Ficin à Pierre Gassendi (Turnhout, 2005), 353.