偽ヘルメス文書、『24人の哲学者の書』

  • Ps. Hermes Trismegistus, Liber viginti qvattvor philosophorvm, Françoise Hudry (ed.) (Turnhout, 1997).

 伊藤博明、『ヘルメスとシビュラのイコノロジー』、ありな書房、1992年、75-76頁には次のように書かれています。

 中世はシビュラに関する文献と同様に、ヘルメスの名を関した〔ママ〕文献をも生み出した。その中でも重要で後代へ影響を与えたのは、『事物の六つの原理に関するヘルメス・メルクリウス・トリプレックスの書』(Liber Hermetis Mercurii Triplicis de VI rerum principiis)と『二十四人の哲学者の書』(Liber XXIV Philosophorum)であり、両書とも12世紀に成立したと考えられている。

(中略)

 他方、『二十四人の哲学者の書』は明確にヘルメスの書とはされていないが、現存する20の写本の半数には、著者としてヘルメス、メルクリウス、トリスメギストス、またはそれらの混合した名が冠されている。その「序文」によれば、かつて24人の哲学者が集合し、「神とは何であるか」を論じた。彼らは討論を重ねて、全員の同意による確実な神の定義を見出した。そして、本文には二十四の定義が掲げられている。その中でも有名なものは次の定義であろう。

神は、その中心が至るところにあり、その外周がどこにもない無限の球体である。(Deus est spera infinita, cuius centrum est ubique, circumferencia nusquam.)(ed. Dronke[1990], p. 32*1

 この定義の引用は、すでにリールのアラヌスに見いだされる。彼は『叡知的球体』についてを、「神はその中心が至るところにあり、その外周がどこにもない叡知的球体である」という章句から始めているのである。そして、奇妙なことにこの言葉の出典をローマの文人キケロに求めている。そして「アルファでありオメガであり、始めであり終わりであり、始めを欠き終わりを欠く」ことよりも、心的本質を持つ球体に合致した特性は存在するだろうか、と続けている(ed. D'Alveryny, p. 306)。この定義はその後、ジャン・ド・マン(Jean de Meung, c.1250-c.1305)が書き継いだ『薔薇物語』(Le Roman de la Rose, 19129-19132)に歌われ、パスカルPascal, 1623-62)の『パンセ』(Pensés, LXXII)に遠い影響を見いだすことになるのである。

*1:なお、Hudryの校訂では、"spera"は"sphaera"に、"circumferencia"は"circumferentia"になっている(7)。単に読みの違いです。