ルネサンスの『気象論』第4巻 - Martin の博士論文
- 「解釈と有用性 - アリストテレス『気象論』4巻に対するルネサンス註解の伝統」 Craig Edwin Martin, "Interpretation and Utility: The Renaissance Commentary Tradition on Aristotle's Meteorologica IV" (Ph.D. diss., Harvard University, 2002).
- Introduction
- The Renaissance Reform of Medieval Commentaries on Aristotle's Meteorologica IV アリストテレス『気象論』第4巻に対して中世に書かれた註解がルネサンスに変容したこと
- Renaissance Translations of Meteorologica IV and the Commentary Tradition 『気象論』第4巻のルネサンスの翻訳、そして註解の伝統
- The Place and Subject of Meteorologica IV 『気象論』4巻の位置づけと主題
- Renaissance Commentaries on Meteorologica IV and Medical Theory 『気象論』4巻へのルネサンスの註解と医学理論
- Alchemy and Meteorologica IV 錬金術と『気象論』第4巻
- Conclusion
- Works Cited
アリストテレスの『気象論』第4巻では、アリストテレスの著作群の中では例外的に粒子論的な議論が展開されることで知られます。このことからしばしば第4巻は偽作ではないかと疑われてきました。
このような特異な物質観が展開されることから、西洋の物質論の歴史で『気象論』第4巻は重要な役割を果たしてきました。中世の偽ゲベルの『完全大全』は同巻の議論に大きく依存しています。またルネサンスのイタリアでアリストテレス主義の再解釈が起こったときに、その重要な典拠となったのがこの第4巻でした。
Martinの博士論文は『気象論』第4巻への註解の伝統を中世からルネサンス(17世紀前半)に至るまでたどったものです。全体の議論は大きく二つに分かれます。一つは註解の外面的な要素に注目した部分、もう一つは註解の内容的な部分に注目した部分です。
外面的な要素とは、ルネサンスの註解者たちが中世以来の翻訳をどの程度用いていたのか。『気象論』註解の際にギリシア人註釈家の見解はどの程度考慮されていたのか。『気象論』4巻が『気象論』の残りの巻と持つ関係をどのように考えるのか。このような問題に関するものです。一方内容的な要素としては、『気象論』第4巻が医学と錬金術とどのように関係すると考えられていたかが扱われています。
個人的には内容的な要素に重点を置いて各註解者のテキストが分析されるのかと思っていました。しかし実際には外面的な要素に多くのページが割かれています。また内容的な記述についても、それほど深くテキストに降りていっている印象はありません。要するに『気象論』第4巻への註解の全体像を浅く広く描き出そうとする試みなのでした。
残念だったのは、上で書いたようなルネサンスの物質論の革新に対して『気象論』第4巻が果たした役割がほとんど述べられていなかった点です。LuthyやNewmanの研究を一歩進める知見が書かれているのかと思いきや、その点については残念ながら期待はずれなものでした。
興味深かったのはスペインのVallesのヒポクラテス解釈についてごくごく簡単に降られていた点です。id:Freitagさんの研究を通してセヴェリヌスやゲマのヒポクラテス解釈に興味を持っていた身としては、イベリア半島が見逃せない役割を果たしているということは新たな発見でした。