Gutas, Avicenna's Eastern Philosophy

 コルバンを読んでいるとブログやツイッターで書いたところ、コルバンアヴィセンナ解釈に反論したグタスの論文があるよと中西さんが教えてくれました。

  • Demitri Gutas, "Avicenna's Eastern ("Oriental") Philosophy: Nature, Contents, Transmission," Arabic Sciences and Philosophy 10 (2000): 159-80.

 12世紀の哲学者であるイブン・トゥファイルが『ヤクザーンの子ハイイの物語』という著作で、アヴィセンナによる『東方の叡知』という作品について次のように述べています。いわく、アヴィセンナによれば『治癒の書』はアリストテレス哲学の学説にしたがって書かれていて、真実は別のところに書かれている。それが見いた出される場所こそが『東方の叡智』である。さらにトゥファイルは『東方の叡智』の内容が自身の展開する神秘主義的な教義に近いものであるという印象を与えようとしています。

 しかし実のところトゥファイル自身はアヴィセンナの『東方の叡智』を持ってすらいませんでした。にもかかわらず彼が生み出した『東方の叡智』と神秘主義の結び付きは、一部のアヴィセンナ研究者に受け継がれたのです。特にアンリ・コルバンはイランでのアヴィセンナ解釈の伝統にしたがって、スフラワルディの照明哲学と同種のものが『東方の叡智』に見出されると考え、照明主義者としてのアヴィセンナという解釈を前面に押し出しました。

 実際に『東方の叡智』の内容を検討するならば、そこで行われているのは他の哲学者の意見に言及せずに、より直接的に真実(とアヴィセンナが考える)学説を述べるということにすぎません。『治癒の書』と『東方の叡智』は書き方こそ違え、内容的には変わらないのです。こうしてコルバンらが提示した照明主義者としてのアヴィセンナ像というのは否定されることになります。