形而上学の400年

Metaphysical Themes 1274-1671

Metaphysical Themes 1274-1671

 なんともすごい研究が現れました。発売前からアダムさんが注目していた作品ですね。

 ボナヴェントゥラとトマス・アクィナスが死んだ年(1274)から、ロックが『人間本性論』の最初のドラフトを完成させた年(1671)までの約400年に渡る形而上学をまとめて記述してしまおうという野心的試みです。

 著者が用いている分析図式はシンプルなものです。扱われている400年という時代には、「スコラ哲学から機械論哲学へ」という特徴づけが与えられています。この二つの要素以外は記述から削ぎ落とされています。そのため人文主義プラトン主義、その他の哲学諸派への言及はほとんどありません。言い方を変えれば、アリストテレス主義の隆盛と崩壊に絞った主題を持つ著作といえます。

 スコラ哲学から機械論哲学へという図式で含意されていることについても著者は非常に明確な整理をしています。前者は観察される日常世界を説明することに重点を置き、後者は世界を説明する際に用いられる原理の数を節約することを目指しているとされます。スコラ哲学は可能態・現実態、質料・形相、実体、付帯性、質、変化といった多くの分析装置を用いて、人間の日常的な経験に説明を与えようと試みます。一方機械論哲学はそれらの分析装置の大部分を廃棄し、物質の場所運動による接触という原理のみを立てるという極端な還元主義的な立場を取ります。前者は説明のために単純さを犠牲にしています。後者は単純さのために説明を犠牲にしています。

 このように問題設定を単純化することは、様々な歴史事象(たとえば宗教改革)が哲学学説に与えたインパクトを分析することができなくするというデメリットを持っています。しかし大きなメリットとして、学説分析のみに集中することで、400年という長きに渡る多様な議論を通時的に把握することが可能となるということがあります。中世後期と初期近代の研究伝統は分裂しており、本書で扱われている時代を統一的に把握する試みはかつてありません。この欠落を埋めるためには、単純化された図式の上に立った純粋な学説分析が有効な手法となりえます。

 まだ部分的にしか読んでいないので、どのような結論が浮かび上がるかは私には分かっていません(「結論」の章がない本です)。しかしいずれにせよ本書は今後の哲学史研究にとって欠かすことのできないレファレンスとなると思われます。読書が進み次第、随時ここで報告して行きたいと思います。