14世紀スコラ学の革新性とルネサンスアリストテレス主義の保守性 Murdoch, "From the Medieval to the Renaissance Aristotle"

New Perspectives on Renaissance Thought: Studies in Intellectual History in Memory of Charles Schmitt

New Perspectives on Renaissance Thought: Studies in Intellectual History in Memory of Charles Schmitt

 中世自然学、とりわけ14世紀のそれを専門にする研究者による中世とルネサンスアリストテレス主義の比較の試みです。この論考のオリジナリティは、13世紀のスコラ学と15世紀以降のアリストテレス主義とのあいだに、14世紀のスコラ自然哲学の挟んで考えることです。そこからルネサンスアリストテレス主義を、14世紀をスキップして13世紀にかえった思潮ととらえています。

 14世紀の自然哲学というのは、(著者が別の論文で言うところの)分析的言語(analytic language)を一定の使用規則にのっとって自己展開させることによって行われていました。これはとても難しいものなのですけど、さしあたりは高橋憲一さんによる分析的言語の要約を引いておきます。

「分析的言語 analytic languages」は次の五つに分類される。 (1) 形相の強化と弱化。(2) 比という測定言語。(3) 限界(limit)の言語―これには三つある。1) 「〜し始める」と「〜し終える」、2) 最初の瞬間と最後の瞬間、3) 最大と最小。4) 連続性と無限性の言語。5) 「代表 suppositio」という本質的に論理学的な言語。ここで重要なことは、それぞれの言語が特有の語彙とアルゴリズムを持っているということである。そして特有の語彙が更に新しい語彙を紡ぎだし、それがまた新しいアルゴリズムを生み出してくる。これが「スコラ的思考」のたどる典型的なパターンである*1

 この手の言語を中心にすえた自然についての思索が、オッカムの存在論の強い影響下に置かれて展開したのが14世紀自然哲学の一大特徴でした。しかしこのようなパリとイングランドで高度に洗練された思考の方式は15世紀以降のイタリアで発達したアリストテレス主義には引き継がれませんでした。そこではむしろより保守的なアプローチがとられました。ルネサンス期以降利用可能なソースは増大していたにもかかわらず、とるべき学説を決定する要の部分ではアリストテレス、とりわけアヴェロエストマス・アクィナスによって解釈されたアリストテレスが最終的なよりどころとされました。

 ただしパリのモンテーギュ学寮のように、上記の分析的言語を用いた自然哲学教育を行い続けた場所で教育を受けた哲学者たちは、14世紀の伝統を引き継いだ著述活動や教育活動を行っていました。

 このような地域的差異を考慮する必要はあるものの、チャールズ・シュミットがルネサンスアリストテレス主義は多くを中世から引き継いでいると言ったときの中世というのは、13世紀なのだったとして論考は結ばれています。

 形式論理に基づく言語分析にふけり現実から遊離した討論で大学を満たしている。スコラ的という言葉で第一に想起されるこのような意味合いは、エラスムスラブレーのスコラ学批判によってつくりだされたものです。この論考のポイントの一つは、そのような典型的スコラ学というのが、14世紀のパリとイングランド、及びその伝統を引き継いだ場所に特有で、実は13世紀のスコラ学とも15世紀以降のアリストテレス主義とも異質のものであったということです。

 見方を変えれば、論理的概念分析が精緻化され、その要求を満たすために新たな術語が次々と生み出される革新的14世紀自然哲学を放棄し、アリストテレスアヴェロエスを基礎にすえた学説解釈へと回帰し保守路線を志向したのが15世紀以降のルネサンスアリストテレス主義であったということになります。

関連書籍

哲学の歴史〈別巻〉哲学と哲学史

哲学の歴史〈別巻〉哲学と哲学史

西欧科学史の位相 (講座科学史)

西欧科学史の位相 (講座科学史)

 2番目の著作に次の論文が収録されています。

  • 高橋憲一「14世紀スコラ自然学の様相:オックスフォード計算家達の伝統をめぐって」。

*1:高橋憲一「中世スコラ自然学の展開」『哲学の歴史(別巻)』中央公論新社、2008年。