ヴェネツィアのライオン


 江戸東京博物館で12月11日まで開催されている展覧会(公式サイト)のカタログに収録された論文です。上の絵(1516年製作)のなかのライオンはヴェネツィア守護聖人である福音書記者マルコの象徴として描かれています。このライオン、一冊の本を手にしていまして、そこには「我が福音書記者マルコよ、汝に平安を」と書かれています。なんでマルコの象徴であるライオンが、マルコに呼びかける文句が書かれた本を持っているのか。実はこの言葉は、マルコが生前にヴェネツィアの近くで船にのっていた時に、天使が目の前に現れて彼に対して告げたものなのです(そういうことにされている)。つまりこれは死後にマルコの聖遺物がヴェネツィアの地で安らかに眠り、それゆえ彼が同地の守護聖人となることを保証する神の言葉でした。この絵のなかのマルコの象徴たるライオンは、自分がヴェネツィア守護聖人であることの根拠となる神のお告げを提示しているのです。

 このライオンは都市内部の至る所に設置されただけでなく、ヴェネツィア支配下に入った都市にも置かれ、またヴェネツィアが鋳造するコインにも刻まれました。それだけでなくライオンはヴェネツィアの擬人像である正義のモチーフをあらわす女性像といっしょにしばしば描かれました(共和制を貫くヴェネツィアでは国家の象徴として総督の像ではなく、あくまで都市自体を擬人化した女性像を用いることが好まれた)。ヴェネツィアをあらわす絵のなかで、女性がライオンの上に座っていたりするのはこのためだそうな。