ギリシア語アリストテレスの影響

Two Aristotelians of the Italian Renaissance: Nicoletto Vernia and Agostino Nifo (Variorum Collected Studies)

Two Aristotelians of the Italian Renaissance: Nicoletto Vernia and Agostino Nifo (Variorum Collected Studies)

  • 「霊魂の不死性についてのアゴスティノ・ニフォの初期の見解」Edward P. Mahoney, "Agostino Nifo's Early Views on Immortality," in Mahoney, Two Aristotelians of the Italian Renaissance: Nicoletto Vernia and Agostino Nifo (Aldershot: Ashgate, 2000), article VII.

 引き続きマホーニィによるヴェルニア、二フォについての一連の研究からです。ニフォ(1470–1538)はアヴェロエス『矛盾の矛盾』の校訂・注釈(1497年)と『霊魂論注解』(1503年)のなかでは、アヴェロエスアリストテレスの正しい解釈者であって、彼らはともに知性の単一性を支持し、死後に人間の霊魂が個別化された状態で存続することも否定していたと考えていました。ニフォによればアリストテレスアヴェロエスの結論は感覚から引き出される哲学上の結論であって、啓示に依拠するキリスト教の教えとは食い違っており、それゆえ誤りでした。しかし『霊魂論注解』と同年に出された『知性について』では見解が変化しています。そこではアリストテレスは個別的な霊魂の不死性を支持しており、アヴェロエスはこのことを理解せずに倫理的にも哲学的にも誤った学説を提唱しているとされています。アヴェロエスアリストテレスから切り離され、霊魂の不死性も哲学的に証明可能であるとされているのです。この変化の原因はニフォがギリシア語でアリストテレスの著作を読むようになったことにあります。実際彼は1518年に出されたポンポナッツィに反論するための著作のなかで、アヴェロエスギリシア語を知らなかがったがゆえに霊魂の働きについてのアリストテレスの見解を誤解したのだと論じています。人文主義に端を発するギリシア語でのアリストテレス主義文献の読解の潮流が解釈の変化を引き起こしていることは、ルネサンスアリストテレス主義の重要な一側面を構成しているだろうとマホーニィは結んでいます。