月より下の世界 プリンシペ『科学革命』#4

Very Short Introductions: Scientific Revolution No.266

Very Short Introductions: Scientific Revolution No.266

Lawrence M. Principe, The Scientific Revolution (Oxford: Oxford University Press, 2011), 67–92.
 第4章は「月より下の世界」です。初期近代ではこの領域についても大幅な見直しが行われ、アリストテレスの哲学に対抗するいくつもの世界観が競い合うことになりました。まず地球そのものについての理論として、ニコラス・ステノが地層の堆積には地球表面がこれまでこうむって来た幾多の変動が記録されているのだから、そこから地球の歴史を再構成できるのではないかと提唱しました。一方アタナシウス・キルヒャーは1631年に起こったヴェスヴィオ山の噴火を目の当たりにして、これほどの量の炎とマグマはとても火山の中だけには入りきらないわー、地球の奥深くに大量の炎があるに違いないわー、と考えるにいたりました。火山の観察に出向いたキルヒャーとは対照的に、ウィリアム・ギルバートは自室で実験を行っていました。彼は球形の磁石の上に置かれた鉄の針が、地球の上でのコンパスと同じ動きをする…つまり地球自体が巨大な磁石なんだよ!、と結論づけました。彼はこの考えを宇宙規模に拡大させ、それによりコペルニクス説を根拠づけることを行いました。たとえ地球が宇宙の中心になくとも、地球が発揮している磁気的力が物体をその中心に向けて落下させるだろう。同じように月に行けば、月の中心に向かって物体は落下するに違いない。

 ガリレオはギルバートのように物体の落下の原因を説明することよりも、それがどのように起こるかを数学的に記述することを目指しました。原因の探求を重視しないこの姿勢には技術者が高い地位を得ていた北イタリアの環境と、ガリレオ自身の技術的領域への強い関心が反映されています。ガリレオによれば物体の落下の速度はその物体の重さとは関係ない。また摩擦や空気抵抗がなければ地球上で転がりはじめた物体はいつまででも転がり続けるだろう(円慣性)。

 ガリレオの追随者たちは当時イタリアで重要性を増していた水利事業にたずさわることから、真空についての重要な実験を行うにいたります。トリチェリの実験が有名ですね。これはパスカルペリエの実験、そしてボイル(とフック)による真空ポンプの実験へとつながって行きます。

 科学革命の時代は錬金術の黄金時代でもありました。この時代には現代のような錬金術と化学の区別は存在しませんでした。そのため現代の学者たちはキミストリー(chymistry)という古い綴りを用いて、錬金術と化学が一体となった営みを表そうとしています。別の金属から金を生み出すということは当時の金属理論では決して不可能なものとみなされていませんでした。金属というのは水銀と硫黄からなっていて、これらの割合によってどの金属が生まれるかが決まっている。この生成過程は地中で起こっているのだから、それを人工的に再現して適切に水銀と硫黄を混ぜることができれば金を生み出せるというわけです。

 キミストリーたちはルペシッサのヨハネス(1310–c. 1362)以来、キミストリーを医学に適用して製剤することを行ってきました。この実践の最も強力な提唱者がパラケルススです。彼は金の錬成にはほとんど関心を示さず、化学的操作によっていかに物質を強力な薬効作用を持つものにするかを探求しました。同時に彼はキミストリーこそが宇宙を理解するための鍵だと考えて、気象現象から、鉱物・動植物の生成、さらには創造から復活まですべてを化学的過程として説明しようとしました。神は化学者(錬金術師)となったのです。

 化学は古代の権威たちによってとりあげられていなかったため、大学のカリキュラムにはなかなか入り込めませんでした。しかしそれは商業的重要性を持っていたため、しばしばキミストたちはパトロンの保護のもと、あるいは独立して事業を営むことを行いました。このような実用への傾斜とともに、キミストは自然哲学理論における原子論の復興にも一役買いました。銀を酸によって溶かすと液体になります。この液体はろ紙を通過します。この液体を塩で処理すると、白くて重い粉が現れます。この粉を炭と混ぜて熱すると、元の重さの銀が復元されます。この実験は、一連の過程のなかで銀は一貫して保存されていて、しかもそれはろ紙を通過するほどに細分化されていたことを示すものとして解釈されました。これこそ原子ではないでしょうか。

 原子論はもちろん古代の哲学に起源を持ちます。しかしエピクロスの哲学は無神論であると広く考えられていたため、彼の哲学が復興するにはピエール・ガッサンディがそれをキリスト教と両立するものとして再解釈するのをまたねばなりませんでした。ガッサンディの哲学や、それと類似した哲学は17世紀後半から機械論哲学と呼ばれるようになります。

 機械論哲学とは微小な物質の相互作用によってすべての現象は説明することができるとするものです。その一番厳密な形では、物質というのは一種類しかなく、すべてはこの物質が持つ様々な形、大きさ、動きによって生み出されるとされました。機械論哲学では現象は機械的接触によってのみ起こり、世界は機械仕掛けの時計のようなものとして理解されます。創造主たる神は時計職人なのです。ボイルは機械論哲学(彼がこの名称を提案した)を化学と結合させました。彼は金の錬成、医学への応用、商業的有用性の追求、そして自然哲学の一環としての研究という伝統的にキミストリーが有してきた側面のすべてにたずさわりました。彼によれば世界が粒子によって構成されているということは化学によって最もよく証明されるのでした。

 しかし機械論哲学は17世紀も終わりをむかえるにつれて勢いを失い始めます。それはあまりに決定論的であり、物質論的であり、ともすれば無神論的だとみなされはじめました。もし神が時計職人なら一度時計が完成したあとはなにもしないのか?あるいは彼は時計を調整しにたびたび世界に介入するのか。しかしそうすると神が最初に作った時計はある種の不良品なのか?この手の疑問とならび、化学現象、そしてとりわけ生命現象のような複雑な事象は機械論的には説明できないのではないかという疑いが強く持たれていました。しかもアイザック・ニュートン万有引力は機械論的に説明することが出来ませんでした。ニュートン主義の勝利は厳格な機械論の敗北でもあったのです。

 以上のような新たな世界観(磁気的、化学的、数学的、機械論的、etc.)の提唱者たちは基本的に、アリストテレス主義やスコラ学をコケにしていました。しかしアリストテレス主義者たちのなかには伝統的な学説に頑強に固執するのではなく、スコラ学的方法にのっとりながら新しい思潮から生まれた成果を吸収し、それをアリストテレスの枠組みで論じようとした人々がいました。したがって当時起こっていたのは、アリストテレス主義が単一の近代的世界観によって更新されたというものではなく、むしろとアリストテレス主義とならんで、それに対抗する多様な理論が競い合い、それらすべてが世界の最も基本的な部分の理解からして対立しあい、統一的に自然をするにはどうすればいいかについて激烈な論争をかわしあっていたというものでした。まさにこの(大乱闘スマッシュブラザーズ的な)意味で16世紀、17世紀は革命的であったと言えるのです。

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