『完全大全』の粒子論

Late Medieval and Early Modern Corpuscular Matter Theories (MEDIEVAL AND EARLY MODERN SCIENCE)

Late Medieval and Early Modern Corpuscular Matter Theories (MEDIEVAL AND EARLY MODERN SCIENCE)

  • アリストテレス主義錬金術における実験的粒子論:ゲベルからゼンネルト」William R. Newman, "Experimental Corpuscular Theory in Aristotelian Alchemy: From Geber to Sennert," 291–329.

 ニューマンの論文から、彼が言うところの実験的粒子論の伝統を創始したとされる『完全大全』の物質理論をまとめます。

 中世から初期近代にかけての実験的粒子論の伝統は、13世紀の終わりに書かれた『完全大全』という著作にさかのぼります。この本の著者は「ゲベル」、すなわちアラビアのJabir ibn Hayyanであると名乗っていたものの、実際にはラテン語圏の人物でした。この(擬)ゲベルの『完全大全』では、金属の組成について粒子論的な理解が提唱されています。火、空気、水、そして土という四元素が、「最小単位を通じて per minima」「非常に強く結合」することにより、水銀と硫黄を構成します。こうしてできた水銀と硫黄がさらに結合することでさまざまな金属ができるとされます。

 ゲベルは水銀と硫黄も粒子であると考えていました。これを証明するために彼は2つの実験結果をあげています。一つは昇華された水銀と硫黄が細かい水滴や粉末になることから、これらが粒子からなっていることがわかります。もう一つはこれらを昇華させると、元の場所には何も残らないことです。これは水銀と硫黄がさらに別の何らかの物質に昇華の過程で分解されることがないことを意味しています。実験室での操作によってはもうそれ以上分解できないような最小粒子として硫黄と水銀がとらえられていることになります。

 ゲベルは粒子論的物質論の上にたってさまざまな事柄を説明しています。たとえばより小さい粒子はより軽いので弱い火で昇華する。金が重いのは非常に小さい水銀と硫黄の粒子が密集しているからだ。粒子が密集しているため炎の侵入を容易に許さない金はか焼(calcination)されないが、鉄や銅は粒子の詰まり方がゆるいためか焼されて粉末状になる。劣等の金属を高等な金属に変える賢者の石もまた粒子論的に説明されます。非常に微細な水銀の粒子が、金属の中身に入り込むことによって、金属の変成を起こすとされました。ゲベルの粒子論の特徴の一つは、彼が金属粒子の大きさに理論的重要性を与える一方で、その形を論じることはないということでした。これは初期近代の粒子論と大きく異なる点です。