ルター派神学のなかの医学的原子論 Stolberg, "Particles of the Soul"

  • 「霊魂の粒子:ダニエル・ゼンネルトの原子論の医学的・ルター派的文脈」Michael Stolberg, "Particles of the Soul: The Medical and Lutheran Context of Daniel Sennert's Atomism," Medicina nei Secoli 15 (2003): 177–203.

 ある人物の思想の核を見事につかんだ優れた論考です。初期近代には原子論が復興したと言われます。それは事実なのですけど、その時古代にあったザ・原子論みたいなものがひょっこり舞台に再登場したわけではありません。初期近代の思想家たちは自分たちの関心に合わせて様々な形態の原子論を発展させていったというのが実情です。そのなかでもヴィッテンベルク大学の医学教授ダニエル・ゼンネルトは、生命現象まで説明可能とするような原子論の体系を築き上げたことで知られています。なぜ彼はそのような原子論を構想したのか。

 ゼンネルトの考える原子というのは、古代におけるそれのように大きさ、形によって相互に区別されるのではありません。それらは何よりも、それぞれに特有の形相の運び手として考えられていました。それら形相は創造のさいに神によってつくられ、以後は自己増殖しながら今に至るとされます。形相を備えた原子が集合するのは、それらが互いに共感力を発揮して接近するか、ないしはそれらより上位の形相によって支配されることによって起こります。

 上位の形相とは何か。ゼンネルトによれば最も基本的な四元素の原子が組み合わることで、第一の混合物をつくりだします。この混合物には混合物独自の形相が宿っており、それがその内部にある四元素の形相を従属させています。さらにこの第一の混合物が組み合わさるで、さらに複雑な(例えば生命の霊魂のような)形相を運ぶ原子が形成されます。

 ここから2つ重要な帰結が導かれます。第一に自然発生と呼ばれている現象の大部分が厳密には自然発生ではないとされます。なぜなら一見種子がないと思われる場所にも、生物の霊魂を宿した原子が隠れていて、それが適切なマトリクスを得るとその生物が生まれると考えられるからです。第二の帰結は、形相が創造以来自己増殖を続けるということが人間にも適用されて、人間の霊魂もまた原初から途絶えることなく増殖してきているとされます。これは各人の霊魂は胎児の身体が形成されるたびに神によって個別に創造されるという主流の学説とは大きく異なるものでした。

 なぜゼンネルトはこのような種類の原子論を構想したのか。これまでの研究は彼が原子論的に化学現象を説明してきたことに着目してきました。しかしゼンネルトの理論をよく見てみると、化学というのは彼の関心のごく一部を占めていたにすぎなかったことがわかります。例えば彼の最晩年の著作(ここで原子論が最も詳細に検討される)では化学はマージナルな扱いしか受けていません。ではゼンネルトはほんとうのところ彼の原子論で何を説明したかったのでしょう。

 医学です。ゼンネルトは医学教授でしたし、その分野の教科書の執筆者として知られていました。彼の経歴をたどるとその初期の段階では原子論を支持しておらず、中期にパラケルスス派医学や化学哲学の問題を扱い始めたところで支持が打ち出されます。しかしその時点でもなお原子論の理論的重要性は高くなく、この理論が前面に押し出されるのは後期に動植物や人間の特質、ないしは形相の増殖の問題を論じはじめてからになります。

 彼の哲学の基本姿勢は原子論というより、むしろ反還元主義でした。これは現象のすべてを四性質や四元素に帰してしまうことに断固反対するということでした。したがって形相は決して質料から引き出されるようなことはなく、むしろ聖書に書いてあるように原初にあらゆる種が創造されたということになります。

 この反還元主義と医学の交差したところに原子論が生まれたと考えられます。サソリの毒や特定の薬剤のように量は微量でも強い効果を発揮する事物は、微小な粒子に特殊な力が宿っていると考えられました。この特殊な力の源が形相というわけです。また肝臓や膀胱に石ができるという病気も、人が飲んだ水の中にこの石の形相を持つ粒子が紛れ込んでいて、これが蓄積し体内で集合することで結石となるとゼンネルトは考えました。この他にも従来オカルト質として説明されてきた現象が、特殊な形相を持つ原子概念を導入することで説明できるとゼンネルトはしています。

 また動植物から採られた薬剤の効能の説明も原子論によってなされました。このような薬剤からはすでに元の動植物の霊魂は抜けきってしまっているのに、なぜ治癒能力があるのか。ゼンネルトによれば、それは生きていたときにはそれら生命の実体形相という支配的形相に従属させられていた形相が、生物の死により活動を開始し、それが薬剤中で活動しているからです。このかつて従属していた形相が動植物の内的熱であるとされました。この熱はアリストテレスにならって天的で第五元素的な性質を持つとされました。同じような天と類比的な力が宝石や鉱物の特質を説明するともゼンネルトはしています。

 このような医学志向の原子論はルター派的な神学にも沿うかたちで構想されていました。最初の創造のあとはもう形相が新しく生み出されることはないというのは、最初の6日のあとは神は文字通り休んでいると考えるルター派新学者たちの考えと適合的でした。また様々な事物の性質が四元素に還元できず、それぞれに固有の形相に原因を持つとすることは、それぞれの事物についてまずは経験的にその性質を吟味しなければならないという経験的アプローチを志向するものでした。これは神の書物を読まねばならないという、とりわけプロテスタント側で重視されていたアプローチと軌を一にします。

 人間の霊魂も自己増殖し続けるという考えも、ルター派のあいだでは主流の考え方でした。神は創造のさいに「産めよ、増えよ」と言っているではないか。これは一度創造したあとは事物の方で増えろよってことだろう。それよりもなによりも原罪はどうするよ。アダムの霊魂がいままでずっと伝わり続けているなら、彼の罪が私たちにもあるというのはわかる。でももし各人のために神がそのつど新しい霊魂を創造していたら、なんで私たちにアダムの罪が関係あるん?まさか神が罪を犯した状態の霊魂を新しく創造するのか、それとも純粋な汚れのない霊魂を不浄で罪深い身体に神が入れるとでも?

 この最後の人間霊魂の増殖理論(traducianismといいます)はカトリック側の怒りをかって1641年にゼンネルトの著作は禁書目録に記載されます。55年にゼンネルトの著作をカトリック向けに「浄化」した人物は、やはりこの部分を削って、カトリック側の個別的に霊魂が創造されるという学説に差し替える必要がありました。このような反発と並んで、人間霊魂に関するゼンネルトの学説はあまりに思弁的で、当時の医師の多くから支持を得ることはできなかったという事情がありました。その点で彼の理論が成功を収めたとは言えないでしょう。

 しかし何が起こるか分かりません。1650年頃にPaolo Zacchiaというカトリック側の人物がゼンネルトに依拠しながら、いつ人間は本当に生まれたと言えるのかについて伝統的見解をひっくり返そうとしました。伝統的には受精から40日、80日、ないしは90日後に神がに人間霊魂を創造して胎児の体に注入すると考えられていました。したがってそれ以前の堕胎はそれほど大きな問題とは考えられていませんでした。しかしこの決定的な点でZacchiaはゼンネルトに従いました。もちろん彼は霊魂が増殖するとは考えません。それは神によって個別に創造されます。しかし彼は人間霊魂が創造されるのは受精の直後としました。つまりゼンネルトが霊魂が自己増殖したときに新しい人間が生まれると考えたのとまさに同じ瞬間に、Zacchiaは神による人間霊魂の創造をおいたのです。受精した直後から人間なんです。あれ?これってどこかでみた見解ですね。

 最後になぜそもそもゼンネルトは原子論を支持したのかという点についてStolbergは論じています。彼の結論は、霊魂だって死ぬときには死ぬということを保証するために、それ以上小さく刻まれたら物質が形相を維持できなくなるような最低の大きさのラインを物質側に確保するための原子論だった、というものです。これはどうでしょうか。死というものがとらえにくくなるというのがゼンネルトの理論の致命的な点で、そこが批判されたというのは確かです。しかしその難点をあらかじめ回避するための原子論だったと言えるでしょうか。いずれにしても、霊魂の死の問題は「そう、霊魂は死なないよ。だから死ぬものは霊魂を持っていない。よって動物には霊魂はない」(デカルト)といくか、「そう、霊魂は死なないよ。だから有機体はすべてある意味では不死だ」(ライプニッツ)といくかの分かれ目なので哲学史的に興味深い論点ではあります。