自然と技芸と錬金術 Newman, Promethean Ambitions, ch. 1

Promethean Ambitions: Alchemy And the Quest to Perfect Nature

Promethean Ambitions: Alchemy And the Quest to Perfect Nature

  • William R. Newman, Promethean Ambitions: Alchemy and the Quest to Perfect Nature (Chicago: University of Chicago Press, 2004), 11–33.

 西洋文明における技術の問題を考えるうえで外すことのできないニューマン『プロメテウスの野望』からその第1章です。現代では科学が自然破壊の脅威をもたらすなどと言われたりします。対して古代ギリシアでは、自然としばしば対にされていたのは技術、というか技芸でした。この技芸(ギリシア語ではテクネーで、ラテン語ではアルス)という単語は絵を描くこと、彫刻術、農業、建築術、医術、詩作といった幅広い営みを指すために用いられました。その基本的な意味は目標とするものを筋道だった方法で生み出すことができるというものでした。

 技芸が自然と関連するのは、第一にそれが自然を模倣すると考えられたからです。まるで自然にある本物と見まごうほどに対象を緻密に描いた絵画や、対象を精密に造形した彫刻を生み出す職人の話が、古代ギリシアには多く伝えられています。技芸は第二に、自然に起源を持つとも考えられていました。たとえばデモクリトスは次のように言います。

われわれはもっとも重要な事柄において彼ら[動物たち]の弟子となった。クモには織物術と修繕術において、ツバメには建築術において、またハクチョウやナイチンゲールという甲高い声のものどもには、模倣における歌において(DK68B154)。

 技芸はこのように自然と密接に関連づけられていたものの、同時に自然とは鋭く区別されていました。この違いをアリストテレスは「これら[自然的に存在するものども]の各々はそれ自らのうちにそれの運動および停止の原理を持っている。…これに反して、…技術によって存在するものとしてのかぎりのすべては、それ自らのうちに転化へのなんらの衝動を植えつけられていない」。だから「人間は人間から生まれるが、しかし寝台は寝台からは生まれない」(『自然学』2巻1章)。自然物と人工物が区别されています。

 こうしてアリストテレスは自然と技芸のあいだに超えることのできない分割線を引いたように見えます。しかし同じ彼が次のようにも述べているのです。「ところで、一般に、技術は、一方では、自然がなしとげえないところの物事を完成させ、他方では、自然のなすところを模倣する」(『自然学』2巻8章)。自然がなしとげえないところの物事を完成させる技芸とはなんでしょうか。アリストテレスが念頭においていたのは医術であると考えられます。身体が健康な状態になるのを妨げている障害を取り除いてやることで、それを平常な状態にもどしてやるという医術です。

 しかし医術以外にも自然を完成へと導く技芸が現れます。それが錬金術でした。この技芸の起源は紀元前200年頃のエジプトにまでさかのぼると考えられています。しかしそれからかなりの期間、錬金術は基本的に目的の金属に非常に似たものを生み出すことを志向した技術にとどまっていました。これが変化するのが紀元後300年頃のことです。ここで金属を蒸留することでその真髄たる精気をとりだし、精気を別の金属と再結合させることで、後者の金属を変成させるという理論が打ちたてられました。

 これは自然が行う金属生成のプロセスを、錬金術師が実験器具を用いて行うという点で、自然の模倣ではなく自然の再現でした。この点で健康状態という自然状態を体内に実現する医術と共通点を持っています。しかし同時に錬金術は医術と大きく異なっていました。医術がつくりだすのは健康という状態の獲得です。それに対して錬金術は自然過程を再現することで貴金属という物体の生成を可能にするものでした。ここでは自然物と人工物の境界線が決定的にぼやけています。

 錬金術は自然をどこまで再現できるのか。どこまでの物体の生成を可能にしてくれるのか。たとえば自然が人間を生み出すのだから、錬金術によって人間を、ホムンクルスを生み出すことができるのではないか?いや、それは人間の領分を超えた神の領域への侵犯だ、などなど。これらの議論が中世以降一気に花開くことになります。

関連書籍

ソクラテス以前哲学者断片集〈第4分冊〉

ソクラテス以前哲学者断片集〈第4分冊〉

アリストテレス全集 3  自然学

アリストテレス全集 3  自然学

イデア (平凡社ライブラリー)

イデア (平凡社ライブラリー)

ギリシァ人と非理性

ギリシァ人と非理性