生命論から見る機械論哲学

The Oxford Handbook of Philosophy in Early Modern Europe (Oxford Handbooks)

The Oxford Handbook of Philosophy in Early Modern Europe (Oxford Handbooks)

  • Justin E. H. Smith, "Machines, Souls, and Vital Principles," in The Oxford Handbook of Philosophy in Early Modern Europe, ed. Desmond M. Clarke and Chatherine Wilson (Oxford: Oxford University Press, 2011), 96–115.

 こちらも初期近代哲学の最新の概説書からです。機械論哲学と生命論というあまり研究史上セットで考えられてこなかった二つの領域の関係を探ろうという論考になっています。

 デカルトが動物霊魂の存在を否定したことはよく知られています。彼は動物と機械とのあいだには本質的な違いはないと考えていました。歩行の呼吸も栄養摂取も生殖もすべて機械的作用によって説明できるのだ。しかし彼の生命現象についての説明、とりわけ発生についてのものは、極めて説得力に欠けるものと同時代人にすらみなされていました。そのため17世紀後半にはデカルト理論に対抗する新たな理論を構築しようという努力がなされます。この流れがどうして最終的に、伝統的にアリストテレスが霊魂に帰していた作用を物質に帰するような(よく考えたらデカルト的な)方向に向かったのでしょうか。これがこの論考の出発点です。

 動物を機械に見立てる(デカルトのように同一視するかどうかはともかく)というのが、17世紀哲学ではよくなされた考え方です。しかし機械と言ってもいろいろあります。機械論哲学というとまず思い浮かべられるのは機械時計でしょう。しかし実際には機械ということばで想起されていたものには、水や空気の圧力で稼働するような装置も含まれていました。このような種類の機械が生体の作用を説明するために援用されます。たとえばボイルは人間の人体というのは時計のように硬い部品からだけなっているのではなく、液状の構成要素からもなっているのだと主張しました。ライプニッツもまた空気、液体の他に爆発物が持つような作用で生命活動を説明しようとしていました。この他にも化学の領域で見られる発酵現象を人体に認めるということがしばしば行われていました。

 また生命の身体を機械に見立てるといっても、たとえばライプニッツはそれをデカルトのように人工の機械と本質的に変わらないと考えていたわけではありません。ライプニッツによれば、生命体というのは栄養摂取を行い、子孫を残すことが出来るという点で、単なる機械ではなく「永続的な機械」でした。

 このように機械論のモデルは人工の機械に還元できないような現象を呼び出すことを必ずしも排除していませんでした。実際デカルトの極端な二元論は説明能力に欠けているとみなされ、物質と霊魂のあいだをつなぐ中間的な存在者が想定されることもしばしばでした。たとえばそれは伝統的な考え方に従って精気と同定されました。またハーヴィの血を霊魂とする理論は、ある個体が別の個体の血を受け入れれば、その個体の性質を受け継ぐことができるのではないかという仮説につながります。実際にある個体の血を別の個体の血に移植することで、受け手の個体を若返らせたり、受け手が陥っている狂気の症状を改善することが出来るのではないかという理論が立てられました。いや理論が立てられるだけでなくその理論を検証するための実験まで行われていました。

 しかしこのような中間存在を立てたり、血を霊魂とみなすような理論は、本質的に霊魂と物質のあいだの何らかの相互作用を前提としており、このような前提はまったく受けいられれないとライプニッツは批判しました。彼とは別に17世紀後半のイングランドの哲学者たちもこのような方向へ思想を進めています。たしかにケンブリッジプラトにストはスピノザに抵抗して、自然世界に起こる変化の原因というのは究極的には自然界の外に求められなければならないとしていました。しかし多くのイングランドの思想家たちは、能動原理を自然界の外に置くのではなく、自然界の中に、それも物質の内部に置くということを行いました。ウォルター・チャールトン、ヘンリー・パワー、フランシス・グリソンらがそのような理論を提示した代表的人物でした。このように霊魂とも精神とも同一視されないような能動原理を物質に内在するものとして捉える視点が、ラメトリやディドロにつながるような理論への道筋をひらくことになると著者はしています。