フィロポノスの転向  Verrycken, "John Philoponus"

The Cambridge History of Philosophy in Late Antiquity 2 Volume Hardback Set (2 Volume Set)

The Cambridge History of Philosophy in Late Antiquity 2 Volume Hardback Set (2 Volume Set)

  • Koenraad Verrycken, "John Philoponus," in The Cambridge History of Philosophy in Late Antiquity, ed. Lloyd P. Gerson (Cambridge: Cambridge University Press, 2010), 733–55.

 (たぶん)あんまり熱心に著作活動を行うものだから「お仕事大好き (ポノス[仕事]をフィロ[愛する])」なんていうあだ名をつけられたヨハネス(490年ごろに生まれおそらく570年代代の初頭に死亡)について書かれた総説記事を読みました。著者は目下フィロポノス研究の新地平を切り開いている第一人者です。

 彼の主たる主張は、フィロポノスは人生の途中で一度大きく意見を変えているというものです。この切れ目に位置するのが529年に出された『世界の永続性について(反プロクロス)』という論考です。この著作のなかでは、世界が永遠であるという考えが、1) アリストテレスの学説であり、2) プラトンの考えとは相いれず、3) キリスト教が教える無からの創造という正しい教義から外れたものとされます。これに対して、『カテゴリー論註解』『生成消滅論註解』『霊魂論註解』『知性論』では、世界が永遠であるという考えが、1) アリストテレスの学説であり、2) プラトンの考えであり、3) 哲学的に真理であるとされています。これら正反対の考えが同一著者の諸著作中に依存するという事態を、フィロポノスが529年の境に後者の立場から前者の立場へと移行したことの反映として解釈します。

 529年以前のフィロポノスの哲学は、アレクサンドリア流のプラトン主義と特徴づけられます。そこではプラトンアリストテレスの学説の調和が前提とされました。たとえばアリストテレスの言う第一の不動の動者というのは世界の目的因であるだけでなく、作用因でもあると主張されました。プラトンにとってもアリストテレスにとっても神は永続的に世界を創造し続けている。だから世界は永続的であるとされます。世界の構造については新プラトン主義の階層構造理論が採用されます(第一者、デミウルゴス的知性、より下位の諸知性の三段階)。また霊魂の学説についてはプラトンの先在説がとられます。肉体に結合する以前の人間霊魂はその運搬者ある星辰体と結合した状態で存在するとされました。ただし霊魂の輪廻転生(プラトンの学説)の可能性についてはフィロポノスは慎重な姿勢を保っていました。人間霊魂は身体と結合以前はあらゆる知識をすぐに引き出せる状態にあるのに対して、結合後は外的な助けをかりなければ知識を獲得できない状態になるとされます。最後に世界が永続的であるということの帰結として、フィロポノスは天が永続する第五元素からなるというアリストテレスの学説を受け入れていました。

 529年以降、フィロポノスの学説はガラリと変わります。その根本に置かれるのが神が世界を無から創造したという考えです。これに沿って多くの見解が修正されます。もはやプラトンアリストテレスの学説の調和は目指されません。反対に二人は世界の永続性について対立する見解を持っていたとされます。というのもプラトンは世界が時間的に創造されたといういうことを認めているのに対して、アリストテレスは世界は永遠だと論じているからです。世界は有限な事物であるがゆえに、永遠の過去から存在することはできません。したがってアリストテレスの学説は退けられなくてはならないとフィロポノスはします。世界の構造もプラトン主義的な階層構造ではなく、神とそれ以外の被造物という二元論的な構造が措定されるようになります。霊魂の永遠性についての彼の記述は曖昧であるものの、少なくとも人間の霊魂がその運搬者として星辰体と結合しているという学説は退けられます。世界が永続しないのだから天も永遠の事物ではなくなります。それゆえその永続性を担保していた第五元素の理論もしりぞけられました。フィロポノスはプラトンにしたがって、天もまた四元素かなり、そこで支配的なのは非常に純粋な火であると考えました。

 最後にこのように定式化された後期の学説と、フィロポノスの独創的な場所論、真空論、インペトゥス理論がどのような関係にあるのかを考察するのが今後の課題だとされます。