とある和算史家の文化財レスキュー活動

 昨年の地震以後の文化財レスキュー活動の課題提示と、筆者によるその実践の紹介からなる記事を読みました。

科学史研究 2012年 03月号 [雑誌]

科学史研究 2012年 03月号 [雑誌]

 阪神淡路大震災以降、文化財レスキュー(史料保存レスキュー)という活動が行われてきました。自然災害の被災地に地元からの情報提供を受けた専門家がおもむき、廃棄される前に残された史料を回収し保存・修復するというボランティア活動です。今回の震災(2011年3月11日と4月7日の地震)の場合はいくつかの点でこの活動に難しさをもたらしています。第一に被災範囲が巨大すぎて、文化財の被災状況の把握が困難であること。第二に、被災自治体の行政機能が失われ、文化財保全への資源投入が困難となったこと。第三に、化学物質や放射性物質が付着した資料の修復・保全という従来にない史料修復法が求められていることです。

 最後に筆者の佐藤賢一さん(和算史)が南三陸町で行った文化財レスキューの実践報告が行われています。佐藤さんはツイッター上で知り合った方(M氏)から、史料引取りの依頼を受けました。南三陸町にあるその方のご実家に古い時代の史料が多くある。しかしその家は全壊認定を受けてしまったため、近々解体されることになっている。だからこの史料をなんとかしてもらえないだろうか、というわけです。そこで佐藤さんはM氏の実家がある南三陸町戸倉地区に向かい、史料と対面します。

津波の難を逃れた史料(段ボール箱にして4箱相当)は、江戸時代後期から昭和に到るまでの戸倉地区の歴史を物語る貴重なものであった。江戸時代の礼法の秘伝書、地区で伝承された観音講の記録、和算書、明治期の教科書・ノート類、漁場の管理組合資料、軍事郵便等々で、それらを広げる度に手が震えた。…ひととおりそれらを拝見した後、史料の洗浄と修復を約束して、東京に持ち帰らせていただいた。
 この緊急調査、文化財レスキュー作業は、上にも述べたとおり、何らかのきっかけがないと進められないケースがほとんどである。被災地ではたいていの場合、古い家財道具や資料類は適当な措置を施されることもなく、まっ先に廃棄されてしまうからである。M氏宅の場合も、私が調査に行かなければそれらを捨てるつもりであった、と話されていた。偶然の出会いに感謝している。

 過去の記憶を留めた記録を残すことは歴史家の大切な仕事の一つです。万が一このブログをお読みの方で、ご自宅やご実家に由来不明の謎文書があって、震災後扱いに困っている、というようなことがありましたら、ぜひ佐藤さんにお知らせください。つまらない史料かもしれないと思って遠慮することはありません。歴史家というのは昔に書かれたものならなんであっても見ていて幸せになれるという特殊技能を有しているものですし、佐藤さんこそは長きにわたってこの特殊技能を磨き上げてきたことで有名な方なのですから。

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