写本からみる文芸ネットワーク Hackett, "Women and Catholic Manuscript Networks"

  • Helen Hackett, "Women and Catholic Manuscript Networks in Seventeenth-Century England: New Research on Constance Aston Fowler's Miscellany of Sacred and Secular Verse," Renaissance Quarterly 65 (2012): 1094–1124.

 写本から歴史的な考察を巧みに引き出す古文書学のお手本のような論文を読みました。アメリカのハンチントン図書館には、Constance Aston Fowler (1621?–64?)が収集した詩文を収めた写本が残されています。この写本の検討から、コンスタンスという女性がそのカトリックの家系において形成されたネットワークとどう結びついていたかが検討されます。とはいえまず分析はこの写本に収められたコンスタンスとは別人によって書き写された詩についてなされます。それらの詩は彼女よりあとの時代に加えられたもので、そこにはたとえばイエズス会の殉教者であるロバート・サウスウェルの詩が収められています。このような詩文を書き写したのは、おそらくイエズス会士の男性でした。彼はカトリック殉教者の詩文を書き写して伝えることで、カトリック文化の伝統を保存し、それに参画する人々のあいだのつながりを確保しようとしていたと考えられます。コンスタンスの残した写本がイングランドカトリック信徒の一コミュニティのうちで共有財産として機能していたことがわかります。

 コンスタンス自身が書き写した詩文に目を向けると、そこには宗教詩だけでなく恋愛を歌った世俗的な歌も収録されていることがわかります。注目に価するのはWilliam Habingtonという詩人の詩が含まれていることです。写本にはこのHabingtonの詩に応えてコンスタンスの友人であるキャサリンが作成した詩も含まれています。またそれとは別の2つの詩文ももしかしたらHabingtonの手になるものかもしれません(確定はできない)。いずれにせよコンスタンスはHabingtonと直接の面識はなかったものと思われます。彼女はイエズス会の学校や宮廷で形成されているカトリックのネットワークとつながっており(彼女自身はこれらの場所には参画していなかった)、そこからたとえ直接の面識がなくとも当時知られていた詩人の詩文を入手し、それに対して友人が返答の歌をつくるのを聞き、それを書き留めるということを行っていたのです。

 ここからわかるとおり収集された詩の写本というのは作成者による単なる受動的な書き写しの産物ではなく、そこでの収集経路、詩文選択の意図、そしてその後の伝承のあり方を調べることで、当時の文芸ネットワークがいかなるものであったかを再構成する手がかりが見えてきます。詩を集め書き写すことが女性に多く見られるのなら、それはなおさら貴重な歴史史料となるでしょう。