- 作者: 佐藤卓己
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2004/08/01
- メディア: 新書
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すさまじい史料が残っているものです。そんな史料を駆使して書かれた傑作中の傑作の前半部を読みました。
戦中の言論弾圧の中心人物の一人として出版関係者がしばしば名前をあげるのが陸軍情報部の鈴木庫三(くらぞう; 1894–1964)です。「剣」としての軍部の側にたち言論の自由を抑圧した人物として「ペン」の側の人々により描かれてきた鈴木とは、ほんとうはいかなる人物だったのか?
この問いにこたえるに絶好の史料を鈴木庫三のご遺族の方々が保管されていました。なんと鈴木が書きとめた1914年から1954年までの日記が残っていたのです。しかもその日記は部分的には複線化されています。士官学校時に教官提出用に書いていた公的日記(日誌)、自分用の私的日記、英語の訓練のためにつけていた英文の日記といった具合です。7年間分の(しかもきわめて重要な時期の)欠落はあるものの、歴史家にとってこれ以上望むべくもない史料です。さらに、さらにです、なんとこの人、士官学校合格時の1918年に、それまでの人生をふりかえる自叙伝を書いているのです。その量原稿用紙に換算して約250枚にのぼります。
これらの史料からは、貧しい家で育った鈴木が軍に入り、そこでの風紀矯正をこころざすようになってから、やがてその願望が軍隊における精神のありようの改造、そしてついには国家における国民精神の改変にいたる様子が浮かび上がります。学ぶことにより身を立てようとする強烈な意志と、その学びから得られた知見に基づいて人々の精神を導くことにより、(自分の出自である小作人一家ですら尊厳を持って生きられるような)平等な世を生み出そうという願望が読みとれます。日記や自叙伝からの大量の引用から感じられる鈴木の個性、当時の世相、さらには妙に驚かされるディティール(派遣先の東京大学で出隆の「ヘレニズム哲学」の授業を受けている!)などとにかく読みだしたらとまらない一冊です。ぜひご一読を。