水島『グローバル・ヒストリー入門』

グローバル・ヒストリー入門 (世界史リブレット)

グローバル・ヒストリー入門 (世界史リブレット)

  • 水島司『グローバル・ヒストリー入門』山川出版社、2010年。

 世界史リブレットの1冊です。グローバル・ヒストリーに関する重要な研究を整理し手際よく紹介してくれています。手元に置いておきたい一冊です。

 国民国家システムを思考の基礎に置いた従来の歴史学の問題設定から離れ、時間的にも空間的にも考察の対象を広げ、分析の視角もこの拡大された領分での歴史変動に関わるような要素を中心に据えるような研究が増加しています。そこではたとえばヨーロッパ中心主義が見直されます。ヨーロッパと非ヨーロッパを対比的に論じて、なぜ前者で近代以降経済発展が起こったのか、あるいは後者はそれに失敗したのかという問いの立て方は避けられるようになりました。むしろ18世紀後半まではヨーロッパとアジアの発展規模は同じ程度のものである(あるいは地域によっては後者が前者をしのいでいた)ということが強調され(Pomeranz, Great Divergence; フランク『リオエント』)、それを賃金や生活水準の国際比較を可能にする指標をつくりだすことで明らかにしようとする研究があらわれています(Parthasarathi, Transition;バッシーノ他「実質賃金の歴史的水準比較」(ダウンロード可能))。また経済発展の経路についても産業革命による機械化集約化という筋とは異なった、地域に独自の発展経路があるということが主張されます(速水『近代日本の経済社会』、杉原『アジア間貿易の形成と構造』)。

 政治経済文化という伝統的な分析視角とは異なり、環境への鋭い眼差しもグローバル・ヒストリーの特徴です。とりわけ疫病研究は大きなインパクトを持ちました。たとえばスペイン人によるアステカ帝国の征服に際して、欧州から持ち込まれた天然痘がアステカの弱体化に大きく寄与したことが指摘されます(マクニール『疫病と世界史』、ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』)。

 国民国家とは異なる単位での分析枠組みを構築するにあたり、人やモノがどのように移動していたかを見極めることは欠かせません。たとえば栽培植物の伝播のありようは、植物の特質によって文化の性格を大きく変える以上、重要な分析対象となります(中尾『栽培植物と農耕の起源』)。ラテンアメリカやインドからどのような商品が移動し、それがいかなる広域的な市場とネットワークを形成したかが問題とされます(Topik, et. al., eds., From Silver to Cocaine; ルミア「インド綿貿易とファッションの形成」(ダウンロード可能))。この広域的市場(世界市場)での中核と周辺の関係についても再検討が進んでいます。このような世界規模の市場は16世紀に成立したと考えられています。それ以前にはいかなる交易網があったのか。時代ごとにいくつかのシステムの存在をくくりだしそれを特徴づける試みがなされています(ルゴド『ヨーロッパ覇権以前』、ブローデル『交換のはたらき』、家島『海が創る文明』)。