医学と天と地の調和

 ルネサンス期の医学思想における天と人体の結びつきを探求する論考の前半部を読みました(リンク先からバックナンバーを含めて購読することができます)。天の地上への影響を考察する学問である占星術と医学の関係は、ルネサンス期には2人の論者の学説によって大枠を規定されました。ピコ・デラ・ミランドラとマルシリオ・フィチーノです。前者は天から地への影響を物理的な作用に限定しました。後者は非物体的な力が天から地へと降下し、医師はそれを操作するマグスでなければならぬと教えています。この相容れない2つの方向の議論がそれぞれ発展するにあたり、焦点となったのがアリストテレス『動物発生論』にみられる次のような文章をどう解釈するかでした。

さて、あらゆる霊魂の能力は「元素」とは別の、それらよりも神的な或る物体と関係があるようである。そして諸霊魂が貴賎の程度によって互いに相異なるように、そういった物体も互いに相異なる。すなわち、すべてのものの精液の中には、精液に生殖力を与えるもの(いわゆる「熱いもの」)が内在している。このものは、火でもそういったものでもなくて、精液や泡状のものの中に取り込められた気息と、気息の中に含まれている、星界の元素[エーテル]に相当するものである。それゆえ、火はいかなる動物も生まないし、流動物であれ、固形物であれ、火の影響を受けたものの中ではいかる動物も形成されないのである。しかし、太陽の熱と動物体の熱は[これを行うのであって]、精液による[動物体の]の熱のみならず、なんであれそのほかに自然の過剰物があるとすれば、これ[に含まれた太陽の熱]も生命の原理を持っているのである。そこで、動物体の熱は火ではないし、火に由来するものでもないということが、以上の点から見て、明らかである。(2巻3章、島崎三郎訳)

霊魂の働きと生命の発生現象が、月より上の世界と何らかの関連性を持つとアリストテレスが考えていたことがわかります。しかしその文言はあいまいです。霊魂の能力と関係のある熱いものとはなにか。なぜこれは神的なのか。それが気息や気息内部にあるエーテルに「相当する」とはいかなる事態を指すのか。このような生命原理を太陽の熱が持つというのはどう解釈すればいいのか。

 ルネサンス期の天と人体の結びつきをめぐる学説上の争いは、この『動物発生論』の一説をピコの思想に引きつけて解釈するか、それともフィチーノの思想に引きつけて解釈するかに分かれました。たとえばニッコロ・レオニチェノは前者の立場をとりました。たいしてジャン・フェルネルとその弟子アントワン・ミゾーは後者の立場をとっています。彼等はみな、霊魂、熱、精気(気息)、ミクロコスモスとマクロコスモスの照応といったいくつかの鍵となる概念を、ヒポクラテスプラトンアリストテレス、ガレノスといった古代の諸権威の文言を通じて解釈することで、おのれの見解を構築しました。そのなかでもミゾーの(コペルニクスとはまったく関係のない)「太陽/心臓中心主義」は古典の権威のものと天と地の結びつきを極大化する一つの極点を示しているように思えます。