出版者と学術書の運命

Picturing the Book of Nature: Image, Text, and Argument in Sixteenth-Century Human Anatomy and Medical Botany

Picturing the Book of Nature: Image, Text, and Argument in Sixteenth-Century Human Anatomy and Medical Botany

  • Sachiko Kusukawa, Picturing the Book of Nature: Image, Text, and Argument in Sixteenth-Century Human Anatomy and Medical Botany (Chicago: Chicago University Press, 2012), 48–61.

 16世紀の解剖学、薬学分野での図版使用についての研究書から、出版者の意向がどう本の製作に影響を与えたのかを調べた章を読みました。図版を含む本は含まない本より高くつきました。たとえばクリストファー・プランタンが1564年に出版したヨハネス・ザンブクスの『エンブレマタ』(これ)の総製作コストをページ数で割ると、1ページあたり4ペニヒかかっていたのにたいして、翌年に出版したデラ・ポルタの『自然魔術』は1ページあたり1ペニヒでした。139枚の木版画を用いたエンブレム本は通常の書籍の4倍のコストがかかっていた。同じプランタンが1566年に出版したヴァルヴェルデの書籍は良質の紙に42枚の銅版画を使った本で、1冊あたりの価格は当時のアントワープの大工の1週間の賃金よりも少し高いくらいでした。この値段をつけてもヴァルヴェルデの本が制作費以上の利益をもたらしたのは発売から3年後のことでした。これはまだいい方で3分の2の本は3年たっても利益が出ませんでした。

 専門的な学術書は製作コストがかかる(特別なフォントの使用、校正者とインデクサーへの支払い)うえに、マーケットが限られていました。聖務日課書、ミサ書、時祷書、カレンダーのような確実な売上が見込めるジャンルとは対照的です。ガレノスの『治療法について』のギリシア語版は出版者たちを破産させました。エウスタティウスのホメロス注釈は発売から6年後にも1,275部中、771部が売れ残っていて、セールにかけられました。在庫といえば、アルドゥス版のガレノス全集は1525年に刷られて、1586年にまだ在庫がありました。こういうわけで著者への支払いも分割払いであったり、現物支給であったりすることがしばしばでした。出版者は分割して出版される本の購読制を導入して、在庫リスクを軽減しようとします。

 学術書は金がかかる上に売れないということで、出版者はあの手この手で図版を含む高額の学術書に投資した金を回収しようとしました。たとえば俗語版をつくったり、最小限のテキストしか含まない図版メインのエディションをつくったりします。別の方法として図版に色を入れるというものです。色付きの特別本をつくって販促を狙うというわけです。色をつけると、色を入れないものよりも2倍から4倍ほど値段が高くなったものと思われます。1564年1月にガッサーという人物がゲスナーの『鳥の図像集』の色つき本を注文したときにはつぎのような経緯がありました。まず出版者(フロシャウアー)から、今絵師が忙しいので大きな色つき本をつくることができない。カラー本の在庫はフランクフルトにあるから、春のブックフェアの時に同地から本を送ると連絡がありました。しかし残念ながら本はフランクフルトにもう残っていませんでした。どうやら出版者は注文に応じて新たにカラー本をつくる気はなさそうです。事実8月には新しいカラー版をつくるのは絵師が別のプロジェクトにかかりっきりだから無理だと出版者は言ってきました。ガッサーがようやくカラー本を手に入れることができたのは注文から10ヶ月後の11月のことでした。ここからは、出版者が専属の絵師を雇っていたこと、カラー版の売上を低く見積もりすぎていたこと、オン・デマンドでの本の生産には積極的でなかったことが読みとれます。