ルーン石碑から権利証書へ

  • 小澤実「紀元千年紀スカンディナヴィアにおける土地所有をめぐる一考察」『史苑』第72巻第2号、2012年、95–105ページ。

 若手北欧史家によるデンマークの土地所有論を読みました。1000年頃のスカンディナヴィアにはまだ封建制度キリスト教という中世という時代を特徴づける2つの要素がありませんでした。そのため歴史家たちはその時代を「ヴァイキング時代」とか「後期鉄器時代」とか呼んでその後に到来する中世と区別しています。封建制が成立していなかったこの時期の土地所有形態についての文献資料は残されていません。あるのはルーン石碑のみです。ルーン石碑は「XがYを記念してこの石を建てた」という定型句が刻まれた死者記念碑です。これはYの死に際してXがその財産の相続権を主張するという機能を有していたと考えられます。

 このような石碑を用いた土地確認が行われるのと並行して、デンマークでは10世紀の後半から3つの司教座がその所有地を世俗法に基づいてではなく、当該司教座の司教の管理のもとに置くことをドイツ皇帝により認めてもらうということが行われるようになっていました。その権利証書が残されているのです。9世紀後半からはじまった公的なキリスト教布教が、文書を通じた上位権力による土地所有の確認というシステムをデンマークに根付かせていったことがわかります。この前史をへて1085年にはデンマーク独自の国王証書のなかで土地所有を確認するということが行わるようになり、以後ルーン石碑による土地財産確認はラテン・キリスト教世界と同じ手法にとってかわられます。

 以上の変化は土地所有に関して、石碑建設により自力救済を行っていた土地所有者の自立性が高かった社会から、国家のキリスト教化にともない上位権力が庇護ネットワークを通じ権力を伸長させ、土地所有者との関係を強化していく(ことにより相対的に所有者の自立性は低くなる)という社会の質的変化に他なりません。これがデンマーク史について著者が示す見通しです。