「絆」を考える―文学部は考える〈2〉 (極東証券株式会社寄附講座)
- 作者: 慶應義塾大学文学部
- 出版社/メーカー: 慶應義塾大学文学部
- 発売日: 2012/04/01
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古代、中世の修道者たちが結んでいた絆を概観する作品を読みました。修道士が神、他の修道士たち、そして外部の世俗世界と結んでいた絆がどのようなものであったかが、古代の隠修士アントニオス、ベネディクト戒律のもとの修道院、および托鉢修道会であるフランシスコ会の三つの事例を通じて検討されます。3世紀後半から4世紀前半を生きたアントニオスは、町や村から離れた荒れ地で神と向き合うという修道生活の勃興を体現する人物です。彼はこうして孤独のうちで神との絆をもとめました。同じ修道生活を志すものが彼のもとを訪れたときには指導を行いました。神や他の修道士との絆とは対照的に、アントニオスは世俗世界との絆を禁欲生活を妨げる枷として断ち切ろうとしました。しかし彼がどれほど人里を離れてもその名声を聞きつけ押し寄せてきた人々や、彼の死後その事績を知りたいと願う人々の強い要望から『アントニオス伝』が著され、それが広く読まれたことからは、彼が世俗世界との絆を完全には断ちきれなかったことが分かります。
アントニオスの死後、彼のように一人隠修するのではなく、共同で規律ある生活を送りながら神への祈りを捧げる修道院生活が模索されます。聖ベネディクトゥスが定めた『戒律』には共同生活を送る修道士たちは修道院長を絶対の権威としてその命に従わねばならず、「必需品はすべて修道院の父から与えられることを期待するべきで、修道院長が与えずあるいは許されないものを所有することがあってはならない」と書かれています(65ページ)。クリュニー修道院の修道士たちは、饒舌、大声での笑い、無駄口は神から目を背けさせるものという『戒律』の教えを厳格に守り、天使のように人間の声を使わずに意思疎通を行うための特別な手話を用いていました。一方世俗世界の有力者たちは修道院を超自然的な戦いを遂行するものと評価し、土地を寄進しました。こうして清貧たるべき修道院の院長が実は大領主という矛盾が生じ、11世紀以降新たな修道敵生き方の模索がはじまります。
アッシジのフランチェスコが13世紀のはじめに創設したフランシスコ会は、アントニオスのように一人で神と向かうのでもなく、ベネディクト戒律にしたがって修道院にこもるのでもなく、都市に出て人々に説教を行いました。修道院生活を規定していた従来の規則とは異なる修道規則を定める必要のあったフランシスコ会は、ヒエラルキー構造によって強く一体化した組織の確立を目指す規則を制定します。また説教の執筆、筆写、それを用いての実際の説教という一連のシステムを整備していきます。新たに勃興しつつあった都市民を説教の対象にするフランシスコ会をはじめとする托鉢修道会は、都市に集う人々を統制下に置きたいと考えていた教皇権の後ろ盾を得て存続し続けました。
こうした三つの事例からは、同じキリスト教修道士といっても、彼らが神、他の修道士、世俗世界のあいだと結んでいた絆の形は時代に応じて大きく異なっていたことが分かります。一人神と向かうのか、世俗から離れたもの同士が共に神と向き合うのか、それとも町へ出て神についての教えを説くのか。またそうした絆のなかには、アントニオスと世俗との絆のような、枷とみなしうるようなものもありました。絆という良いものでも悪いものでもありうる「固い結びつき」に注目することで、修道生活にともなっていた様々な関係が見えてきます。
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